ガーデン正門前、天気は快晴、降水確率も0%。昨日の夕方から強まっていた風も今は殆ど感じられない。

キスティスは手首の内側の文字盤見ながら、あと12分と確認した。
彼女は7人乗りの黒いSUVの前で目的の人物達が来るのを待っていた。
襟元に上品なフリルの付いた白い七分丈のシャツとジーンズ、斜めにかけたネイビーのショルダーバッグ、バッグと同色のシューズというラフな格好は、彼女の定番のオフスタイルだった。
任務中はスカート着用が多いが、『女』を武器にする非常時を想定してのことだ。
仕事外なら、デザインよりも材質や機能性重視で洋服の選別をしている。たとえ、異性と付き合う事になったとしても、その姿勢は変わる事はない——彼女はそんな風に思っていた。

「あ、キスティスがいちばーん!」
「おまたせ〜」
セルフィとアーヴァインが同じ側の手を上げてキスティスに近づいた。
セルフィは淡い青のストライプ柄サロペットに白いTシャツ、白のデッキシューズ、頭には中折れのストローハットを被っている。
キスティスにはその帽子に見覚えがあった。先週キスティスとバラムでショッピングに行った際に購入していたものだ。
アーヴァインは程よくフィットしたフェイクレイヤードのVネックカットソー、クロップド丈のジーンズ、セルフィと合わせたかのような白いスニーカーを履いていた。
普段の彼からは想像出来ない姿にキスティスは笑いを堪えるのに必死だった。肩が微妙に震えてしまいあっさりと気付かれてしまったが。

「キスティ、そんなに笑わなくても…」
「普段もその位の方がもっとモテるんじゃなくって?」
「ひどいなぁ、あれはあれで気に入ってるんだけどなぁ」
「アービンは顔も格好も、制服姿すら暑苦しいもんね」
「セフィまで!」
悲観そうな声の割にはアーヴァインの目は笑っている。
3人で軽い『挨拶』を済ますと、アーヴァインはハッチバックを開けて手に持った荷物を手早く積み込んだ。

「僕とセルフィは『相棒』を持ってきたんだけど、キスティは?」
バタンと扉を閉めた後、振り向きざまアーヴァインが尋ねると、彼女はショルダーを二回、軽く叩いてから眉を下げて微笑んだ。

「見えなかった?あなたの置いた脇にあるはずなんだけれど。あとは鞄にオートマの22口径」
「あれ?よく分からなかったよ」
「あらそう?今日は何があるか分からないけれど…何が何でも彼女が傷つかないようにしたいわ。できればこんなもの使いたくないわね」
「その意見に激しく賛成!」
天を仰いで同意したセルフィの顔は帽子の影になってよく見えない。けれど、キスティスには彼女の表情が想像に難くなかった。
キスティスは沸き上がった感傷的とも呼べる気持ちを、自分が塗ったベージュのネイルを見ることで意識的に逃した。

「後はゼルとあのふたりか…あれ、行きの運転だれ〜?」
頭を抱えるように後ろ手にしているアーヴァインが、キスティスに顔を向けて欠伸混じりの声で訪ねてきた。どうやら髪を結び直しているらしい。

「運転手?スコールだって言ってたわ」
「あれ、そうだっけ?なーんだ、真ん中の席に座らせてイチャつくのを見てやろうと思ったのにー!」
「それは帰りにすれば?ねぇ、スコール?」
「そーやね。うん、絶対そうしよー……ん?ひっ!はんちょ!」
「人の顔を見て、ゴーストにでも会ったような声出すなよ…」
いつの間にかセルフィの背後に現れたスコールが、盛大なため息をつきながら額を抑えた。彼のいつもの癖だ。

彼も今日は普段の『ガチガチ』と評されてる私服ではなく、ほんの少し緩い。
濃紺テーラードジャケットとグレーのVネック、濃ベージュのチノ…スコール研究家のキスティスも初めて見る組み合わせだ。
ジャケットを着てきたのは、ホルスターを身につけているからのようだ。素人目には分からないが左肩が若干下がっている。

「どっちかしら?」
スコールの装いを改めて眺めていたキスティスが、顎に手を当てながら敢えて何を指しているかを言わずに尋ねると、不機嫌そうに目を細めた彼はぶっきらぼうに答えた。

「…さぁな」
「そう」
リノアのチョイスか——彼のその答えで全て察したらしい。彼女は満足いく答えを得たようににっこり笑った。

「はんちょ、リノアはー?」
「リノアは…」
スコールは一旦そこで言葉を切ると、何も無い地面を気にするように俯いて右足の爪先を擦り動かした。何かの証拠を揉み消しているかのようだ。

「……大丈夫、時間までには来られると思う」
「ん、りよーかい。ゼルも来てないからまだ大丈夫だしねー」
なに、今の間。アヤシイ…と、セルフィの脳裏ではあれこれ想像をしていたが、途中で止めにした。
今の彼の気持ちは、察するに余りある。頭の中とはいえ、あれこれ詮索するのは失礼な気がしたのだ。

「ゼルってこういうのに一番乗りな気がしたんだけどねぇ〜。もしかして、時間を間違ってないかなぁ。心配になってきたよ」
電話してみるね〜と、アーヴァインは携帯電話を取り出して素早くゼルの番号を押した。

「あ、ゼルか〜い?………あ〜、そうなの。ご苦労様。……いや、まだリノアが来てないよ。……うん、は〜い」
「アービン、ゼルなんだって?」
「任務の引き継ぎが後輩に上手く渡ってなかったから教えに行ってたらしい。もうすぐ来るってさ」
その言葉通り、数分後ゼルが現れた。すぐ後ろにはまとめ髪を揺らしたリノアもいる。

「す、すまねぇ!…うお!みんないつもと格好が違う!」
「だって、遊びに行くのに、いつもと同じなんてイヤだもんー!」
「ゼル、大丈夫だ。お前は何着ても変わらない」
「スコールひでぇ!」
「まーまー」
苦笑しながら仲裁に入ったリノアもいつもとは雰囲気を変えていた。襟ぐりが広めの濃紺の七部丈のカットソーに薄ピンクのジーンズを着て髪をポニーテールにしている。普段はワンピースが多い彼女だったが、今日は明らかに『誰か』に合わせているようなシンプルさだ。

「リノアのポニテかーわいー!」
「ほんと。雰囲気が変わるし良いと思うわ」
「セルフィもキスティスもありがとー!二人もとっても可愛いね!」
女子3人組がキャッキャしているのを割って入るかのように、スコールはリノアの肩を叩いて振り向かせた。

「リノアはキスティスと中央に乗れ。ゼルは俺の隣に」
スコールの声も彼女にだけ分かる穏やかな表情もいつも通りだったが、リノアは心のどこかがざわついた。
彼女は、淀みかかった気持ちを笑顔を返すことで追い払った。今日は楽しむと決めたのだ。変な引っかかりなんかで気分を下げたくはない。
彼女の頷きと同時に、スコールの腕時計が予定時刻を正確にアラームで伝えた。

「時間だ。みんな乗ってくれ」
ハーイと、仲間の声が元気良く返事をした。無邪気とも言える声にスコールの心が胸元のグリーヴァのように小さく揺れた。
スコールは学園長室でのやり取りを思い出しながら運転席へ乗り込むと、ハンドルを強く握った。







6人がガーデンを出発する10時間前————深夜0時、スコールはアーヴァインと共に学園長室にいた。
真夜中にリノアを部屋に置いたまま抜け出すのは気が引けたが、書き置きを残し部屋を出た。
アーヴァインからの連絡を受けて、いてもたってもいられなかったのだ。

アルティミシアの脅威が去った後も、元々敵の多かったガルバディアでは小さな諍いが耐えない。以前よりも柔軟な政治をしているとはいえ、依然として政府へ過激な反逆を企てる者も少なくなかった。
アーヴァインがあたっていた今回の任務も、テロリストや暴徒の対策が主だった。
結局は彼とは別部隊がテロのアジトを発見し鎮圧をしたのだが、残念ながら数名を取り逃している。
その時、アジトで監禁されていた人物をを発見・保護した事から、とある情報を入手した。
最初、セルフィ達に『噂』と曖昧な表現で留めておいたのは、アーヴァイン自身、直接見聞きするまでは俄には信じ難い話だったからだ。

捕えられていた人物はかつて、エスタの優秀な技術者だった。が、既に国を出ており、ガルバディアで出会った現在の妻と貴金属店を経営していた。
店の規模の割には、持ち前の器用さや妻が手掛けるデザインのお陰でそこそこ繁盛していたようだ。
彼の証言によれば、突如複数の男達が店に押し入り妻と共に拉致され、自分たちの命の保証と引き換えにある装飾品の図面を手渡されたと言うのだ。
言われるがままそれを作り上げたが、完成後も解放される事は無く、発見時は妻共々ひどく衰弱していたらしい。

「その図面から作られたのが、リノアのバングルなのか?」
壁を背に腕を前に組んで自身の肘辺りを見つめていたスコールの声は、ごく淡々としていた。ソファに浅く腰掛けたアーヴァインは、やけに落ち着き払った彼の声に顔を向けたが、その印象をすぐに改めた。
スコールは努めて冷静を装っていたが、青い瞳の奥は明らかに怒気の色を孕んでいた。
あの目で真正面から睨まれでもしたら、誰もが己の命の終わりを覚悟するだろう。

「間違いないと思う」
「なんて不届きな…!」
窓際で手を後ろで組んでそう呟いたシドの顔が険しいのは、リノアの事はもちろんのこと、ガーデンはおろか国を欺く輩の存在に怒り心頭といったところだろう。

「ラグナ大統領にホットラインで確認しましたが、親書は間違いなく本物だとのことです。ですからバングルとそれの仕様書『だけ』すり替えられたと言う事になります。本物のバングルにはあのような非人道的な機能は無く、魔力を抑える力を増強しただけのものらしいです」
やはりあれが届いた時に念を入れて一度確認をすれば良かった…申し訳ない、とシドは二人に向かって頭を下げた。

「エスタへは既に、カーウェイ氏から連絡が入っているそうです。両国には早急に犯人の特定を急いでもらっています。すり替えられるとしたらエスタ国内でというのが濃厚です。しかもそれが可能な人物となると、政府に近しい人物でしょう」
エスタもきっと混乱をしているだろう。リノアに危害を加える事が目的なのか、魔女擁護を公言しているラグナの失脚が目的なのか、それとも————スコールが考えるには余りにも判断材料が少な過ぎた。
誰かが無意識に吐き出した溜息が耳についた。
 
「やはり、彼女を?」
アーヴァインはスコールをチラリと見てから、直接の名前は避けてガーデン責任者に問いかけた。
 
「現段階では何とも言えませんが、恐らくは。彼女が目的なら…」
「今日接触してくる可能性が高い、ということですね」
ついに我慢ならなかったのか、スコールは苦々しく言い放った。小さく舌打ちし、肩が震え、二人に視線すら合わせようとしない。

「ええ。その可能性が高いです。明日エスタ警察がこちらに到着予定です。バラムの許可を得るのに少々手間取っているようですが」
「スコール、明日…あぁ、もう今日か。警察が来るなら外出は取りやめにした方がいいんじゃ…」
「もし、犯人が政府に近い人物で間違いないのなら、情報が筒抜けの可能性もある。来る前に向こうは行動を起こすだろう。ここにいてもそうでなくとも彼女が危ないのは変わりない。それに…もしもあのバングルに力を抑える機能が無ければ、この事実を知ったリノアがショックを受けて、力を————」 
スコールはその先を言いかけたが言葉を飲み込んで、ようやく二人に視線を合わせた。
その表情にはまだ憤りが見えていたが、さっきまでの強張った顔ではなく、大切な人を心底案じている青年のそれに変わっていた。
 
「出来れば、この事は彼女には知られたくない。リノアに一番必要なのは、心の安定だ」
「なら、今すぐバングルを外す方法は無いのかい?」
「今までのバングルと同じ仕様なら、作った本人かエスタじゃないと無理だ。…それこそ、そんな時間は無いだろうな」
無理に外そうとしたり何処かへ身を隠しても、何か仕掛けが作動するかもしれない。スコールはあの時、彼女にバングルを填めた自分の行動が呪わしかった。
だが、過去には戻れない。ならば、全力で彼女を守るしか無い。彼にとってそれは当たり前の断案だった。
そして、それはどんな任務よりも難しい事のように思えた。彼女がこちらにいても、あの腕輪のせいで人質を取られているようなものだからだ。

「それと『試運転』の指定日を今日にしたのが気になる。リノアが目的なら、もっと早い段階で出来たはずなのにどうしてだ?」
「今日………」
シドはデスクに戻りA4版の分厚い手帳を取り出した。手帳を包んでいる革表紙は恐らくガーデン当初から使われているのだろう、角はめくり上がり、経年でしか得られない革独特の艶やかさと深い褐色をしていた。
シドは見た目に反して素早く今月のページを開くと、指を滑らせながら注意深く予定をさらって——ある場所でピタリとその動きを止めた。

「スコール、残念ながら的中です。バラム建国記念日…正式な式典は日曜日で、ガーデンが関わるのは金曜日からだったので失念していましたが、明日から市街地はフェスティバルが始まります。ピークは金曜からでしょうが、明日も相当な人が集まるでしょう」
「まさか、それを狙って?」
アーヴァインは戦慄した。胃が迫り上る気がして、無理に固唾を飲み込んだ。

「間違いない。人ごみに紛れて…リノアをどうこうするつもなんだろう。俺が敵なら、そうする」
殊更静かに告げたスコールの声は、窓の外の闇よりも深く、重苦しいものだった。