神聖ドール王国から独立を記念した日を4日後に控えたバラム市街地は、フェスティバルの初日を迎え、休日以上の賑わいをみせていた。
この日に向けて準備していたのであろう、商店は国旗を飾り付け、観光客はそれを指差し、石畳を走り回る子供たちは、頬に赤・白・青とバラムカラーのペインティングをしていた。老人たちは、そこかしこで昼間から酒を酌み交わし笑いあっている。
メインストリートでは、国の色で作られ、金の鈴のような飾りのついた三角帽子がそこかしこで売られている。盛大なパレードが始まるのは金曜日からだったが、既にたくさんの人々が帽子をかぶり、街に繰り出していた。
バラムは普段から朗らかな街ではあったが、より一層、明るさを増してエネルギーに満ち溢れていた。
6人は辛うじて空いていたパーキングに車を止めると、バラムの祝賀ムードをすぐに肌で感じ取った。

「わたし、長くここ(バラム)にいるけど、こんなに賑やかなんて知らなかったわ。なんだかんだでガーデンから出られなかったし。すごいのね」

キスティスにしては珍しく、興奮のせいか声のトーンが高い。セルフィとアーヴァインは賑わいの中、あそこのあれが食べたいだの言いだして漫才状態だ。
スコールは一度だけ、独立建国記念日の当日に所用で訪れたことがあったが、こんな外に人が溢れているイメージはなかった。そして、彼が一番気がかりなリノアも、当初の目的をすっかり忘れた顔をして、キラキラと目を輝かせていた。
物珍しげに見回す仲間に、生粋のバラムっ子と呼んで差し支えないゼルが、得意げに鼻の下を擦った。

「まぁ、普段は本当にただの祭りなんだ。今年は節目の年だし、一大イベントがあるからこんな派手な騒ぎなんだよ」
「もしかして、ちょっと前に話題になった、あれ?」
「おう!あそこ……見えるか?ほら、あの崖の上。あれが電波塔だ。ドールに比べちゃ小さいけどな。その開業が今年のメインだ。お偉いさんが張り切ってテレビ演説を全国に発信するんだと。で、その後にライブの生放送をするんだってさ」
「へぇ〜!」

アーヴァインがヒュウと鳴らした口笛は、青いタイルの貼りの低い塀を歩く真っ白な猫を立ち止まらせた。彼が撫でようと近づくと、野良なのか、音もなくサッと塀から降りて足早に立ち去ってしまった。

「今は試験放送中で国旗しか映ってねぇけど、ラジオはもう流してるぜ」
「リノアー!これ、流行ってるやつじゃない?」

セルフィは真っ白な漆喰塗りの雑貨店で立ち止まり、店の外にある子供の背丈ほどの古ぼけた丸いテーブルの上に置かれた小さなラジオに顔を寄せた。
キスティスが講義で使う指し棒のような、銀色のアンテナがピンと立った黒いラジオからは、バラムの若手人気歌手のアップテンポな曲が流れている。よく見れば、壁にはそのアーティストが大々的に写ったポスターが貼ってあった。どうやらライブのメインらしい。
振り返って手招きをする彼女に、リノアは人の波の合間を縫ってポニーテールを揺らしながら駆け寄った。

「あ、ほんとだぁ。そういえば、いろんなお店で同じ放送が聞こえて……たね」

セルフィの横で頷きながら、リノアは店の中にチラチラと目をやる。視線は何度も、店内の何かに注がれている。
今では滅多に外出できないリノアには、何もかもが魅力溢れる誘惑なのだ。スコールは口元に手を当て、彼女以外には見せない笑顔で肩を揺らした。
その場にいたリノア以外の仲間は、スコールの表情に『例のバルコニー』以来の衝撃を覚えた。あのスコールが笑っている、と。同時に、少しだけ安堵もした。
この日が近づいてくるごとに思いつめたようなふたり……特にスコールは誰にも気付かれないようにしていたが、ショックを受けているのは明らかだったからだ。
仲間たちは彼の横顔を思い出して、改めて誓った。
ふたりに絶対、悲しい思いはさせない。なんとしてでも、こんな悪質なことをしている誰かを突き止めて排除する、と。

「リノア、時間はたくさんあるんだ。見てこいよ」
「え!わぁ、嬉しい!ねぇ、セルフィ、キスティス!あのポーチ可愛くない?」
「うん、かわいい〜!あれもキラキラしててええね〜!」
「セルフィ、あなた、今日はサンダル買うんじゃなかったの?」
「あー……こりゃ、長くなりそうだな」

女子3人組がはしゃぎながら店内に入るのを眺めていたゼルのぼやきに、アーヴァインは余裕の表情で彼の肩を叩いた。

「女の子とのデートは、ここを耐え抜かないと。そうそう!ゼル、デートは格闘技専門店ばっかりだと女の子は逃げちゃうよ」
「ちょっ…お前!な、ん、で、そ、れ、を……!」
「そうか、ゼルもとうとうそこまで進んだのか。これは詳しく聞かないといけない案件だな」

お前もそう思うだろ?スコールは意地の悪い笑みを浮かべて、隣に立つアーヴァインに同意を求めると、アーヴァインもうんうん、と頷く。
バラム産のタコのように真っ赤に茹で上がったゼルは、それを目にして口角泡飛ばし、叫んだ。

「スコールまで!お前、なんでこういう時だけ関心持つんだよ!それに2対1なんて汚ねぇぞ!」
「スコールは4対1、下手したらガーデン対1なことだってあるんだよ〜。そのくらいで怒らないの〜!」

情報通のアーヴァインはまだニヤついたままゼルを宥める。が、ゼルは更にまくし立てた。

「日頃の恨みをオレで晴らすなーー!」
「ゼル、声が大きい」
「わ、わりぃ。そうだ!さっき、電話でおふくろに最近変わった奴がいかなったか確認してみたけど、特に目立ったやつは見かけなかったってさ。あ、リノアのことは言ってねぇぜ」
「そうか。ありがとう、ゼル」
「それにしても……バングルの送り主がリノア目的っていうのは分かるけど、何をするつもりなのか分からねぇのが気持ち悪いよな」

彼女たちから視線は外さず呟いたゼルの疑問は、スコールもアーヴァインも感じていたものだった。
接触は必ずある。スコールはそう睨んでいるが、考えれば考えるほど、敢えてこの日を狙ったのには人ごみに紛れるためだけとは思えなくなっている自分がいた。
きっと、向こうはこの日でないとダメだったのだ。しかし、自分たちの過去や世界のカレンダー、任務一覧を振り返っても、今日が取り立てて特別な日ではないと確認しただけで終わってしまった。

「あのさ」

右手を低く挙手したアーヴァインが切り出した。

「なんというか、少し……シロウト臭くない?シロウトというより中途半端なんだよね」
「中途半端?」
「うん。だってさ、誘拐目的だったら、もっと上手いやり方はいくらでもありそうなのにさ。拉致された人のこともそうだけど、プロは脅した相手を生きたままにしておくって滅多にないよ?仮にあの一件を知らなくても、リノアはここに来ていた。発覚したらしたで、僕らが犯人を捕まえに来るのも想定済みって感じがしない?まるで、『絶対ここに来させる』ためだけに仕組んだって気がしてさ」
「ここに来させる、か……」
「おまたせ!あれ?みんな難しい顔してどうしたの?」

振り向けば、買い物を済ませたリノアがスコールの袖をそっと握っていた。
人混みに紛れないように、常に袖を掴むように話したのはスコールで、彼女はそれを忠実に実行していたが、やっぱり少し気恥ずかしい。
スコールがそう思って掴まれた腕を見つめていたのを勘違いしたらしい、リノアは、あ、と声を漏らし、袖を掴んだ反対の手を掲げてみせた。その腕には件のバングルが鈍く光っている。

「もしかして、これのことで話し合ってた?」
「いや、こんなに混んでるのは想定外だったから飯をどうするか話してた」
「そっか、そうだよね〜。今からでも予約取れるかなぁ?」
「レストランなら、オレ予約しといたぜ!せっかくの休みなんだから、美味いバラムフィッシュでも囲もうぜ!」
「さっすがゼル!ニコニコしてるだけの優男なんかより断然仕事ができるよね〜!」

リノアに続いて店を出てきたセルフィは彼女の両肩に飛びつくように身を乗り出した。
ひどいよセフィ!というアーヴァインの嘆きは、突然のドォン!という音にかき消された。

「な、なに?」

リノアは、スコールの腕にしがみついて身を竦ませた。体を貫くような轟音に心臓が早いシグナルを発している。
行き交う人々もザワつき、歩調を緩めながら目線を音がした側に向けている。その方角にあるものは、彼らが知っている限り、港しかない。

「これって、祝砲?」
「いや、祝砲は土日だけのはずなんだけどなぁ」

キスティスの推理をやんわり否定したゼルが半信半疑で空を眇めて見上げた。風向きのせいか、上空に白煙は見当たらない。
祝砲をあげる大砲が港に4台設置されたいたのは、そこを見下ろす高台の駐車場に車を駐めた時に、皆が記憶していた。

「でも、明らかに空砲の音だったね〜」
「そうだな。……?」

スコールも頷き空を見上げようとしたが、ふと、目線は彼のすぐそばまで来ていた少女に向けられた。明らかにスコールをじっと見つめて、迷いなく近づいてくる。
歳は5、6歳だろうか。赤髪碧眼の少女は、大きめの白いフリルがあしらわれたピンクのワンピースを着て、頬には他の子供のようにペインティングがしてある。地元の子のようだ。
その彼女は、彼の顔をじっと観察した後、漸く口を開いた。

「おにいちゃん、スコールって名前?」
「…どうして知ってる?」
「おでこの傷があるのがそうだって聞いたの。はい、これ」

少女が差し出したものは、小さな白い紙だった。封筒や小包なら警戒したが、どう見ても紙切れだ。スコールはゆっくり手を差し出して受け取った。

「俺に?」
「うん、そこにいるおじちゃんが渡してって……あれぇ?いないや」
「どんなおじちゃんだった?」 

スコールは努めて平静を装った声で子供に問いかけた。アンジェロに話しかけるように静かに。
けれど、かすかな殺気も逃がすまいと、神経は極限まで研ぎ澄ます。

「うんとね、おひげがあったよ。あとねー、めがねかけてた」
「そうか、ありがとう」
「じゃーね!バイバイ!」

無邪気に手を振って足早に去る背中を見送ったあと、彼は手元の紙をじっと眺めた。
一部始終を見守っていた仲間は、背筋を伸ばし、任務中のように引き締まった顔に変わっていた。スコールが小さく頷くと、ゼルとセルフィがその場から離れ、あっという間に狭い路地に紛れた。

「可愛いレディのファンレターには、なんて書いてあったんだい?」 
「…………【ラジオ】としか書いていない」
「ラジオ?」

キスティスはスコールから紙を受け取ると、日の光に透かすようにメモを凝視する。その鋭い眼差しに、リノアは何かあると直感した。

「ねぇ、スコール…何が起きてるの?ゼルとセルフィはどこに行ったの?」
「すまない。まだ話せない。少し待ってくれ」

白昼堂々と、リノアではなく俺に接触を図ってきた。一体どうなってるんだ?
彼女のいる前でこんなことがあれば、勘の鋭いリノアのことだ、遅かれ早かれ真実は知られてしまうだろう。最早、隠し立てできない。
苦々しい気持ちを抑えつつ、スコールはリノアの手を引きながら元のスピードに戻った人混みを避けて雑貨屋まで近づき、ラジオに耳をすます。
さっきまで流れていた派手な曲とは対照的に、今はストリングスのイントロが流れ始めていたーーーーリノアと出会ってから、何度か彼女の声で聞いた歌だ。

「これ、リノアのお母さんの……?でも、ノイズが多くないかい?さっきまであんなに綺麗に聞こえてたのに」

アーヴァインの指摘通り、リノアの母、ジュリアの声がゆったりと流れる中、明らかに曲とは関係のないビープ音のような雑音が混じる。

「これは、ノイズじゃない……どうやらこっちが本物のファンレター、いや、招待状らしい」
「招待状?」
「これって…………!」

アーヴァインとキスティスは顔を見合わせた。特定の歌詞のアルファベットになると、その音が混じることに気づいたのだ。
O、W、T、R、E……組み合わせれば容易に思い浮かぶーーーーゼルが指差したあの鉄塔が。
彼らの強張った表情に、リノアは矢も盾もたまらず、スコールのジャケットの袖を強く引いた。

「ねぇスコール、ちゃんと話して!夜中に部屋からいなくなったのも、さっきのに関係してるんでしょ?」
「おまえ、気付いてたのか」
「うん。お仕事のことだと思ってたから、黙ってたけど」
「悪かった。気を揉ませたな」

スコールが謝罪も兼ねてリノアの頭を撫でると、彼女の肩越しに見慣れた人物を捉えた。ゼルとセルフィだ。真ん中にヒゲをたくわえた長身の男を伴っている。
その男にいち早く気づいたのは、キスティスだった。

「カーネル秘書官……?」

そう呼ばれた男は、スコールたちの前に立ち止まると、深々と頭を下げた。





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