Dans la neige

 

 

温暖なバラムも冬はそれなりに寒い。今年は寒波の影響で先週と一昨日も雪が降った。

空は相変わらず眩しい白灰色の雲が厚く広がり、いつもよりも低く感じる。

今夜…いや午後にも降りそうな天気だ。

 

ベッドに腰かけていたスコールは、メンテナンスしていたガンブレードの手を止め窓のブラインドを覗いて小さく溜息をついた。

溜息は窓に当たると丸い曇りを作って緩やかに消えていく。外は相当冷えてきているようだ。窓枠付近にじわりと結露も出来ている。

先週の雪は夜中に降って朝には解けたが、一昨日の雪は一日中降り注ぎ豪雪経験者のセルフィー指揮の下、ガーデン生の殆どは雪掻きに追われた。

運悪くガーデンに居たスコールも例に違わずクタクタになるまでこき使われた。こういう時、司令官とは名ばかりだ。

 

雪の影響で教官が一日不在だったクラスもあり、その日休講となった下級生の子供達は『ガーデンがソフトクリームになった!』と、はしゃぎ回って手が真っ赤になるまで遊んでいた。

 

いや。下級生だけじゃないな、はしゃいでいたのは。

久しぶりの雪、初めての生徒もいただろう。上級生も嫌々言いながらみんな子供のような目をしていた。ゼルはアンジェロ並にハイテンションだったしな。いや、アンジェロが付き合ってやったって感じだな、あれは。

そういえば、ファイアで雪を溶かそうとしてキスティスにこっぴどく怒られていたの誰はだったろうか?きっと反省文を書かされただろうな。

…天気一つでこんなにもエピソードが増える。やっぱり雪は特別だ。

 

実はスコール自身も雪は嫌いではない。(戦闘とは違う筋肉を使ったせいであちこち痛む体は懲り懲りと言っているが)

雪そのものというよりも、雪によってもたらされる静寂--普段あるざわめきが静まり返るあの時間が好きなのだ。

残酷なほど何もかも埋めて行く白。孤独にも見えるそれが不思議と安らぎを与えてくれる——彼女のように。

思い浮かべて、無意識にスコールの指がガンブレードを撫でた。ひやりとした感触は求めているものとかけ離れていたが。

 

彼女は今頃ラグナロクからバラムの空を見ているに違いない。きっと、雪が降るのを楽しみにしているはずだ。

空を見上げ目が輝くリノアを想像してスコールは淡く口元を緩めた。

 

スコールは壁の時計を見上げた。

迎えの時間まで後少し。さっさと終わらせよう。

スコールはガンオイルを相棒のリボルバーに吹き付けた。

 

 

* * *

  

 

エスタで開かれた世界会議で『魔女の力の私的利用及び戦争利用を禁じる法案』が可決された。その法案には魔女自身が平和を乱さない限りの身の安全を保証するものであり、対価として魔力の研究への協力が義務付けられている。

若き魔女リノアは宣誓書に調印をし、研究への協力を約束した。つい半年前の事だ。

世界各国の調整の後に自由の保証もされることとなっているが、アデルの件もあり調整はなかなか難しそうである。その間はガーデンが彼女の保護(という名の監視)を請け負っている。

 

 

2ヶ月に1回の定期的な検診と研究会の参加を終えたリノアは、魔法研究員・同行したSeeD3名とラグナロクに乗りバラムガーデンへ向かっていた。

いつものお気に入りのシートに腰掛けると疲れがどっと襲ってきた。

 

あれから、自分の事を話す機会が増えたとはいえ、魔女への警戒が世界から消えた訳ではない。行く先々で歓迎とは言い難い言葉も耳にした事がある。操られていたとはいえ厄災を招いた事も事実だ。暫定だがガーデンに『保護』される身となっているのも納得出来る。

だから、自分なりに魔女への偏見や差別を無くす為の活動はとにかく積極的に参加する事を心に決めていた。

勿論、自分の為でもあるし、後に現れるであろう魔女の為でもある。そして——

彼の為にも。

 

「おなかすいたぁ…」

 

ネイビーのチェスターコートの上からお腹をさすりながらリノアが呟いた。

それもそのはず、検診後に研究が予定されている時はいつも疲労を色濃くしていた。

 

力を継承して間もないリノアは、まだ魔力を自在に操れない。

彼女の場合、俗に『ヴァリー』と呼ばれている状態になるには身体・精神的に極限まで追い込む必要があり、その研究時は水以外口にする事を許されない。10代の女子には過酷そのものだ。(リノア談:ただでさえエスタには美味しいものがいっぱいなのに!)

魔女になった事への心理的ストレスや差別や暴言も辛く悲しい事であるけれど、研究とはいえ毎回あの極限状態は地味に辛い。

 

今回はヴァリーになるまで3日かかった。フラフラになりながらも研究に協力し、やっと解放されたのがつい2時間前だ。

いつもなら、その後はホテルで休んだりラグナやエルオーネと会食なのだが、今回はとにかく早く帰りたかった。無理を言ってお願いをしたら、研究員を同乗させてくれる事になり帰国の許可が下りた。疲労状態でそのまま帰せば魔力の暴走も無きにしもあらずだからだ。

魔女に関しては念には念を、なのだ。

 

「リノアさん、何かお口にされますか?」

同行したSeeDの一人、ジェスンが声を掛けてきた。制服がまだ新しい。今年合格した新人だ。柔らかな金髪と人当たりの良さそうな顔立ちが目を引く青年だが、見た目に反して周りに溶け込むのが上手い。彼の才能の一つだろう。

まさか独り言を聞かれた⁈気恥ずかしくなったリノアは慌ててお腹の上の手を脇にどけた。

「ありがとう。でももうじき着くから大丈夫だよ。あ、あと急に予定を変えちゃってごめんなさい。今日はどうしても帰りたくて…調整大変だったでしょ?」

「いえ、大した事じゃ無いですし。僕は、任務とはいえ初めてエスタに行けたのでとても勉強になりました。司令官が僕を任命してくれたのも嬉しかったですし」

スコールファンを公言しているジェスンは、まさか自分を指名してくれるとは思っていなかったのだろう、その時の事を思い出している顔でにっこり笑った。屈託のない笑顔にリノアもつられて笑う。

 

護衛の一人にジェスンを推したのはスコールだったらしい。スコールが同行出来ない時は毎回、リノアが気を遣わない相手を選んでくれている。

 

(スコールって、人に興味なさそうにしてるけど人選が的確なんだよね)

 

彼の才能をまたひとつ見つけられてリノアは嬉しくなった。

 

 

ふと空を見れば、リノアの期待していたものが降り注いでいる。

「降ってきましたね。今年のバラムは雪が多い」

ジェスンも気づいたようだ。リノアは花が咲いたように笑顔になって胸の前で手を合わせた。

「昨日エスタで天気予報見たの。そしたら今日降るっていうじゃない?私、バラムの雪って初めてだからどうしても見たくって!バラムに降る雪はきっと奇麗なんだろうなぁ」

「ああ、それで…」

 

ジェスンはリノアが帰りたい理由を初めて知った。

普通の人ならそんな事で予定変更するなんてありえないのだが、リノアが言うと納得したくなる気持ちになるのは魔女の『魅力』のせいだろうか?それとも彼女自身の?

ジェスンは空を見るリノアを見た。その表情に何かしらの既視感を感じてジェスンは頭に疑問を投げかける。

 

(??…あ、もしかして。うん、…そうか)

ジェスンは自身の彼女、リリィを思い出してピンときた。途端にリノアが微笑ましく思えた。

 

(だったらその気持ち、よーく分かります)

 

恋する者なら(特に女の子は誰だって小さな事でも)『初めて』は恋人と過ごしたいものだ。

だが、眼前の恋する乙女にこれを口にするなんて野暮というもの。自分に出来る事といったら——

 

ジェスンは一礼して、こっそりリノアから離れた。

操縦士に機体のスピードをあげてもおう

 

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