スコールはまだくつくつ笑っている。冷蔵庫を開けて目的のものをテキパキと取り出す。
キッチンに隠れたスコールはお湯を沸かしながら思いだし笑いの最中だ。
スコールがリノアに再開した時、彼女のお腹が盛大に鳴ったのだ。
当事者のリノアは顔を赤くしてスコールの部屋のベッド膝を抱えてまだ拗ねている。
主が戻ってきたアンジェロはリノアのそんな状態にお構いなしにずっと寄り添っていた。尻尾があったらいつまでも盛大に振ってただろう。
「リノア、そんなに怒らなくてもいいだろ。生理現象だから仕方ない」
スコールは笑いをかみ殺しながら彼女をたしなめた。
「生理現象って言ってる割にはスコールだって笑ったでしょ?!みんなに聞かれて恥ずかしかったのに…」
いーだ!と、子供のように歯を出して不満を表明するリノアを見てスコールは少しホッとした。部屋に戻って抱きしめた時に少し痩せたように感じたが、元気そうだ。
拗ねた顔。そんな表情でさえ可愛いと思うのは惚れた欲目ではないと思う。
6日振りの再会。ちょっと色っぽい会話を期待してなかったと言えば嘘になるが、そこはリノアだ。別の意味で期待を裏切ってくれた。
「さっき、カドワキ先生がドカ食いするなって言ってたぞ」
「う…食堂のカレー食べたかったのに」
「空きっ腹にそんなもの食べたら大変な事になるぞ。ほら」
スコールが冷蔵庫から取り出したのは最近バラムで人気の洋菓子店のプリンだ。手にはマグカップを持っている。
リノアの目が一気に輝いた。
「わ!ドプレーのプリン!買っといてくれたの?」
「とりあえず、それ食べたら一眠りした方がいい。夕食は俺が作る」
そう言うとテーブルにカップを置いた。中はホットミルクだ。
喜々としてもうプリンにスプーンを入れていたリノアの手がピタリと止まった。
「スコールがご飯作ってくれるの?」
目をまん丸にするリノアに、スコールは(なんて顔してるんだよ)と苦笑した。
「やっぱりカレーがいいのか?」
「ううん、違うの!」
首をぶんぶん振って否定するリノアも可愛いんだな——スコールはつい口から出そうになるのを必死で隠した。
「すっごく嬉しいんだけど、お仕事大丈夫?忙しいでしょ?…って、今気付いたけど今日大丈夫なの?」
プリンを一口運んだリノアの頬が緩む。どうやらお気に召したようだ。
「今日の仕事は片付いたし、明日は晴天時限定の調査だったからこの天気だと延期だな。それに…」
最後は独り言のように呟くと窓に目をやった。
窓は曇ってしまいハッキリとは分からないが、薄暗い灰色の空に白い線がいくつも見えた。さっきまで無かった風も出てきたのか斜めに降っている。
「すごい大降り。真っ白だね」
「これが見たくてわざわざ帰ってきたんだろう?」
スコールが澄まして訪ねると、リノアはいたずらっ子のように笑った。笑うたびに揺れる黒髪が彼女の喜びを代弁していた。
「うん、とってもきれい。これはたくさん積もるね。ガルバディアの雪は案外積もらないし、積もってもすぐ除雪しちゃってムードないんだもん」
「ここも普段はそんなに積もらない地域なんだがな。今年は特別らしい」
「ねぇ、今『それに』って言ってたけど、他になにかあるの?」
(聞こえてたのか…)
スコールはバツの悪そうな顔をしてリノアに背を向けた。リノアはこんな時、妙に勘がいい。
「スコール?」
「…こんなゆっくりできる事もそうそうないからな」
「そっか。なら、なおさら気を遣わなくてもいいのに」
「——えたいんだ」
リノアの言葉に被さるように呟いた。
「…俺が、リノアに甘えたいんだ」
リノアに向き直ると、彼女は目をぱちくりさせている。
スコールの言葉をどう捉えていいか分からない、といった表情だ。
(表情が開けっぴろげだ。SeeDには絶対向かないタイプだよな、リノアは)
キッチンのケトルが湯気をあげてシュンシュンと音を立て始めた。
「何か言いたそうだな」
「ん〜…ご飯を作る事がスコールにとって私に甘えてる事になるの?」
なんか言葉の使い方違わない?と呟くリノアに再び背を向けた。
「いいんだ」
「ふーん。なんかヘンだけど、スコールが言うならそれでいいよ。うむ。じゃあ、存分に甘えてくれたまえ!」
釈然としないながらも納得したのか(どこかのお偉いさんのマネか?)ふんぞり返って低い声を出す彼女に可笑しくなった。
「早く食べて横になれよ」
「はーい!」
そう、リノアに甘えたいのだ。自分は。
彼女は安心しきってすうすうと寝息を立ててアンジェロと眠っている。
スコールは、リノアの髪を一掬いして自身の口元へ持っていった。
すぐに変わる表情や太陽のような笑顔や慈愛そのものの腕の中でリノアに浸りたい。
今日は、それが叶うならどんな事でもするつもりでいる。
(離れて重症なのは俺の方だ)
バルコニーで口づけを交わしてから半年、目まぐるしく変わる環境の中でこの気持ちだけはゆっくり、だが確実に醸成している。
(好きだ)
恋を知ってしまった。
リノアに自分の心を暴かれ、自分の心や傷に触れてくれる度に、彼女への気持ちが膨らんでいく。
外の雪のように静かに降り積もり、溶けて流れていく先にどんな景色があるのだろう。
きっと、彼女がいればどんな所でも柔らかな日差しが降り注ぐような気がした。
スコールはリノアの瞼に軽くキスをして立ち上がった。
今日のリノアを起こすのは、神聖なキスでも魔法でもなく、食事の匂いに違いない。