また、あいつからの手紙。
勝手に寄越してくるのは構わないが、読まないことも許して欲しい。
スコールはデスクの引き出しの奥に封も開けずにそれをしまいこんだ。
何ヶ月かに一度、あの手紙が来るようになってどれ位経っただろうか。
あれが来ると胸の奥がザワザワとして落ち着かない。
(わかっているんだ…)
そう、このままではいけないのは十分かっている。
けれど、あと一歩のところで踏み出す勇気がまだ持てない。
ことわざさえ満足に使えないあの男が自分の父と聞いた時、妙に納得する自分と今更現れても困るという二つの感情で混乱した。
前程ではなくなったが、それは今でも変わらない。
任務やリノアの事で顔を合わせることは度々あるし話をすることは出来ても、改めて手紙となると緊張のせいなのか、心臓がビクリとする。
だから、手紙を寄越されても読んだ時に、自分の感情がどうなるのかが予測出来なくて恐いのだ。
たまたま部屋にいたリノアはそれを見ていた。
特に何も言わなかったが、目が笑っている。
「…なんだ?」
「ううん、ラグナさんてガッツあるなと思っただけ」
「そうか?ただ単に空気が読めないだけなんじゃないか?」
「ふふっ。そうかもね。でもね、私はラグナさんに感謝してるんだよ」
そう言うとリノアはスコールの側まで来てにっこりと微笑んだ。
「だって、ラグナさんが居なかったらスコールに会えなかった。それは紛れもない事実だよ」
「それはそうだが…」
「私にとっては恩人だよ。今でもたくさん助けてもらったり庇ってもらってる。だから恩人のお手紙が読まれて無いのは、ちょっとさみしいかも」
スコール次第だけどと前置きをしつつ遠回しに読め、と言っているリノアに思わず苦笑したスコールは、さっき閉めたばかりの引き出しを開けた。
確かに彼女の『恩人』にこの対応は少々失礼だったかも知れない。
あれだけ毎回ザワついていた心が嘘のように穏やかになっている。
リノアにすんなり従った訳では無いが、リノアの言葉が無ければこの先封を切ることは無かった可能性はある。
いつも彼女は絶妙のタイミングで自分の後押しをしてくれる。彼女の後押しで何度勇気づけられたことだろう。
「一緒に、読んでくれ」
「私が読んでもいいの?」
「ああ、一緒じゃないと読めないと思う。正直、何が書いてあるのか怖いんだ」
「わかった」
バカにするでもなくリノアが頷いた。
彼女に弱い部分を見せても嫌がられないと分かってから、少しずつ本音を言えるようになってきた。
どんなに格好つけても、彼女はスルリとそれをよけて心の奥に触れてくる。
それはどんな仕草や言葉よりも強くて暖かい。
スコールは一番古い消印を探して少し躊躇った後、意を決してペーパーナイフを滑らせる。
白く上質な紙の感触が差出人の身分を雄弁に語っていた。
「写真?」
封筒の中には手紙ではなく写真が白い便箋に包まれていた。
新生児の写真だ。経年のせいか少し色褪せて端が切れている。
「もしかして、これって…」
リノアは察しがついたように呟いた。
「…多分、俺だろう」
赤ん坊の顔はすぐに変化するから自分であるという自信は無い。けれどこれは間違いなく自分だと思えた。
被写体の眉が寄っていたからかも知れない。
「赤ちゃんスコール、かわいいね」
目を細めて愛おしそうにリノアが写真に触れた時、彼女は何かに気づいたように目を見開いた。
「スコール、裏に何か書いてある…」
裏返すと、見慣れない筆跡が目に飛び込んできた。
《8月23日午後、突然の大雨が降ってきました。その雨の中で産まれたの。(私も雨の日生まれだからおんなじね。なんだか不思議)大雨の音にも負けない位の元気な産声で、先生が驚いてました。産まれてすぐに雨がピタッと止んで大きな虹が出て…今まで見たどの虹よりも綺麗だった。その時決めたの。名前をスコールにするって。スコールは、どんなに嵐になっても必ず虹がかかるんですもの。この子の人生にもきっと大きな虹がかかるわ》
最後の行は文字がぼやけて見えた。
パチパチと早い瞬きで潤みを逃しているスコールに、リノアがポロポロと泣きながら抱きついてきた。
抱き返しながら、彼女の目尻にキスをすると、また新たな涙が溢れてきた。
「なんでリノアが泣いてるんだ」
「だって…すごく素敵で、でも切なくて…どうしたらいいか分からなくて」
「そうだな」
「ラグナさん、これずっと持ってたんだね」
心のどこかに水を注がれた気分になった。満たされた場所がゆらゆらと揺れて涙腺を刺激する。それは嫌な感覚ではなかった。
目に映るものすべてが愛おしく感じられて、胸は想いで溢れそうだ。
スコールはリノアを抱きしめていた腕を強くして、甘えるようにもたれかかった。
「リノア」
「なあに?」
「今すぐリノアを抱きたい」
「うん」
不謹慎かもしれないが、どうしてもリノアと睦み合いたかった。
心も体も言葉も全てを使ってでも、彼女にこの想いを伝えたくて。
「自分が生まれた事を初めて素直に喜べた。リノアのおかげだ」
「ちがうよ、ラグナさんのおかげだよ」
「リノアがきっかけをくれたからだ」
「お手紙、あとで全部読もうね」
「ああ、まだ少し怖いがな。誤字脱字が多そうだから読めると良いが」
「あはははっ」
レイン――母さん。俺の人生は本当に名前そのものだ。
今も嵐の中かもしれない。けど、俺は消えない虹を手に入れたんだ。
強くてワガママで暖かくて優しくて愛おしくてハラハラさせられて目が離せない——とにかくとても幸せなんだ。
「リノア、ありがとう」
「うん」
それとリノア、と前置きしてスコールは組敷いた彼女に微笑みかけた。
笑い顔から一粒――涙がリノアの頬を濡らした。
「愛してる」
「私も。愛してる」
スコールが起こす嵐に堪えるようにリノアの腕が首に回された。
Twitterよりお題(あいしてる)
セックスの疲労と充足感に満たされて、睡魔がじわじわと襲いかかってきた。
立て膝をついてぼんやりしていた俺がそろそろ毛布に入ろうとしたその時、背中に違和感を感じて振り向こうとした。
だが、リノアに止められた。
「こっち向いちゃダメ」
どうやら、背中に文字を書いているらしい。
そのままされるがままに背中の指の感触に集中する。
どうやらクイズ形式のようだ。スコール、リノア、アンジェロ、次々と言葉を当てていく。
が、次に書かれた言葉は…
「スコール、分かった?」
振り向くと、いたずらっ子のように笑うリノアが眩しい。
「分かった。こうだろ」
そう言って、しっかり彼女を抱きしめた。
Twitterより(加筆)
煙るような雨。昨日は晴れの予報だったのに。そう残念そうに呟きながらリノアが窓の外を見ていた。
横に並んで同じように眺めると、淡い灰色の中にケシの花のオレンジがくっきり見えた。
あの花は彼女の頬の色だ。
何故か彼女と同じ色を持つ花にまで嫉妬してしまい、無理矢理彼女をベッドへ連れ戻した。
されるがままの彼女の頬に口づけを落とすと、自分だけが知っている色へ変わった。けど、足りない。
頭からつま先まで全部、自分色に染まってしまえばいいのに。
Twitterより(言えないワガママ)
スコールが任務で疲れて帰ってきた。食事もお風呂も早々に、ベッドに横たわってしまった。
今、彼の頭は私の膝の上だ。黙って髪を撫でると安心したように寝息が聞こえてきた。
穏やかさとは裏腹に私の体の底の燠火が燻っている。
さっきの情熱的なキスのせいだ。でも…抱いて欲しいとは言えなかった。