「スコール先輩、甘いです」
後ろでけんつくな物言いが聞こえた
思わず驚いて振り向くと、挑むような目をした後輩のステファンがこちらをずっと見ていた。
銃をホルスターへ仕舞う手を休めぬまま、怒り心頭とも取れる顔をしている。

「こいつは3人も殺している凶悪な指名手配犯です。俺たちは、奴の確保に関して生死問わずと聞いています」
「確かに、判断ミスで軽傷とはいえ負傷者を出した。すまない」

俺は自分の腕に巻いた包帯に目をやった。
応急処置のみなので、まだじわりと赤い染みが浮かんでいる。倉庫内に潜伏していた犯人を追い詰めた際、苦し紛れに放った拳銃の弾が俺の左腕をかすめたのだ。

今回の任務は、殺人予告を受け取っていたある会社経営者の警護だった。
調査の結果、裏稼業を生業とする元ガルバディア兵の男が割り出された。
勿論、警察や軍が万全の警戒態勢をとっていた。特に軍は沽券にかかわると血眼になって捜査していた。
けれどクライアントは、そちらを全く信用していなかったようで、個人的にSeeDに依頼をしてきたのだ。

ガルバディアの法律は軍事国家ならではで、脅迫行為をした時点で相手に殺意ありと判断され要は『殺られる前に殺る』が正当防衛として認められている。(勿論、物的証拠があることや司法が認めたものに限るが)
だから、仮に俺たちが犯人を殺してしまっても罪に問われることは無い。

「スコール先輩なら、簡単に仕留められたはずです。それなのに、わざと生かしましたよね?」
「よせ、買い被るな。俺はそんなに万能じゃない。生き残ったのはそいつの運だ。それに、まだ仲間がいるらしいから、生きるより辛い尋問が待っている」
「まぁ、そうですよね。死ぬよりその方がいいかもしれません」
「ステファン、悪いが先に行って、軍にこいつを迎えに来るよう言ってくれ。まだ当分起きないだろうから俺が見ている」
「……了解しました」

敬礼をきちっと決めたステファンは、足早に離れた。

そう、彼の言うとおりだ。銃を使わせる前に腕を切り落として殺すことはできた。でも、しなかった。
彼女 ----リノアの為に。
たとえ事の顛末を知ることが無くても、帰ってきた俺を見ればすぐに分かってしまうだろう。彼女はそういうタイプだ。
俺の無事を全身で喜びながら、心では人を殺めてしまった俺を慰めようとする。
そして、ひっそりと負の連鎖に涙するんだ。

誰かを殺せば、殺した相手を誰かが憎む、恨む。
リノアが魔女になってから、彼女自身が手を下した訳でもないのに、魔女の所業を責め、忌み嫌い、心無い言葉を投げつける奴はまだまだ多い。
世界が平和になった--そんなことを言われてもう1年以上経過するのに、負の感情を剥き出しにされて、幾度も彼女が傷つけられるのをこの目で見てきた。
自分が嫌われ、憎まれることに耐えられる人間は、それほど多くない。
彼女はきっと、俺なんかが想像出来る範囲をはるかに超えて傷ついているだろう。
もしかしたら、こうして離れている間にも、リノアに新しい傷が生まれているかもしれない。

けれど、リノアは全て受け止めている。

わたしが全部受け止めて持っていく。
もう悪い魔女がこの世から出ないようにする。
そう言って、泣きながら笑う。
辛くて辛くて、もう耐えられないというところまできても、俺の腕の中でひとしきり泣いて、次の日は背中をピンと張って前を向く。

強いと思った。なんて、穢れない魂なんだろうと畏怖すら覚えるほどに。

今ならこんなふうに思える。
魔女になるのは、彼女じゃないとダメだったんだと。

俺の強さはリノアの足元にも及ばないが、彼女が少しでも涙を流さないようにすることは出来る。
そのための努力なら、いくらでも、どんなことだって出来る。

(怪我しちゃ元も子もないがな……確かに俺は、まだまだ甘い。でも)

まだ伸びて動かない男から視線を外し、埃臭い倉庫を見上げると、清しいコバルトブルーの天窓がこちらを見下ろしていた。
ブルーを見ていると、自然とリノアを思い出してしまう。そんな自分が愚かしくて愛おしく思える。
抑えようにも、もう口元は笑みに綻びそうだ。

(でも、これでまた少し強くなれた気がするんだ。そう思わないか?リノア)

群青の小さな空に金色の流れ星が一つ、斜めに走った。
まるで、問いかけに答えてくれたようなタイミングで。

帰ったら、この星を見たか聞いてみよう。
いや、リノアのことだ。きっと俺に向かって星を見たか、逆に聞いてくるような気がする。

「あれは、リノアが降らせたんだろ?」

もし聞かれたら、そんなふうに答えてみよう。
きっとリノアなら、笑って頷いてくれるはずだ。