セルフィの日常には、パターンが3つほどある。
ひとつは任務、二つ目は故郷の復興支援、最後のひとつは『観察』だ。
特に黒髪美人とその彼氏(という宣言は本人達から聞いたことは無いけど、間違いない)の観察に余念がない。
出歯亀といわれようが、悪趣味と言われようが、いつの間にかこれだけは止められなくなっていた。
最初はギクシャクだった二人がぶつかり合い、段々と緩んで解け、遂には固く結ばれたのだ。
その過程を終止見守ってきた身としては、テレビや本の物語ではないのだから、その先だって気になるのは自然なことだろう。
今日はその二人と食堂で顔を合わせたが、仲間への挨拶もそこそこに何やら深刻そうな顔でブツブツと話し合っていた。
テーブルの食事もそのままにずっと話し込んでいるので、セルフィの心中は『恋バナ?恋バナ?』と『他所でやれ』と半々といったところだ。
観察を開始して気付いたのは、女の子の方は胸元で両手を合わせ何かお願いをしているような雰囲気で、彼氏側は可愛い彼女のお願いを聞いてやりたいのはやまやまなんだが、しかし…という当惑した顔だった。
セルフィは、このままでは埒が明かない(面白くない)と判断して、アイスコーヒーを片手に助け舟という名の観察を間近ですることにした。
「リーノーア!さっきから深刻そうな顔してどうしたのっ?」
「セルフィ!ね、お願い!セルフィもスコールにお願いしてくれない?」
「おい、セルフィは関係ないだろ」
関係ないと言われて多少ムッとしたセルフィは、ちゃっかりリノアの隣に座ると、ピタッとに抱きついて仲の良い友人らしくリノアの肩に頭を寄せた。
「話がわかんないよ〜。どうしたの?」
歳は変わらないのに、母に甘える娘のような仕草でリノアに悩みの内容を聞き出しながらも、事と次第によっては『娯楽になるかも』と少々腹黒く思ったのは、きっとスコールの言葉と今月の任務が多くてイライラしていたせいだろう。
視界の片隅で忌々しげな顔をした男の事は、この際放っておこう。
「あのね、候補生担当の教官がね、今年のダンスレッスンの助手を私にお願いしてくれたの」
「ふんふん」
「でね、パートナーをスコールにお願いたんだけど、その」
「その日は任務があるから無理だと言ってるんだ」
リノアの言葉を半ば遮るように割って入ったスコールの声は、ぶっきらぼうというよりは苦々しく聞こえた。
彼はそのまま、テーブルに置かれたままだったリブロースサンドを口に運んだ。八つ当たりのような早食いだ。
『スコール研究家さん』程ではないが、セルフィの長旅で養われた観察眼からして、彼が踊ること自体に抵抗があるわけではない事に驚いた。それは、スコールを見てきた者にとって大きな変化に思われたからだ。
リノアと出会う前の彼なら、彼の望む交換条件 例えば、レアカードを何枚かチラつかせたとしても、踊りの見本など絶対に拒否しただろう。当時は、そういう目立つ行動を特に嫌がっていた節があったからだ。
「はんちょ、任務って?」
「…モルボルの生息エリアの調査だ。最近エリアが拡大しているらしい」
「うげっ。あかん、それだけはムリや」
あの何ともいえないグロテスクなクチビルオバケの調査は、女性SeeDは派遣されることはない(キスティスのようなラーニングの特技を持つ女子で尚且つ希望者を除いて)
かくして、気を利かせて日程が合えば交代して云々という案は、あっけなく没に終わった。
「もうっ。任務っていうのは何度も聞いたよ!それは仕方ないけど」
それならなぜ、こんなにもリノアはお願いモードだったんだろうか。
セルフィは、音を立てて残り少ないアイスコーヒーを口に入れた瞬間、リノアの言葉で思わず口の液体を吹き出しそうになった。
「だからって、なんで私まで依頼を断らないといけないの?教官はスコールがムリだったら代役立ててくれるって言ってくれて…」
「…!リ、リノア…、そ、れは…!…ゲホッ、」
「セルフィ、だ、大丈夫?」
あかん、それはさすがにあかん!
叫びたかったのに、咳き込んでうまく声が出ないセルフィの背中をさすりながらリノアが、だからセルフィ、スコールが許してくれるように一緒にお願いして欲しいの、と言ってきた。
涙目になりながら向かいの人物に目をやると、彼は同情と同時に別の意味のある眼差しを向けていた。
俺にも同情してくれ、と。
「あ、ありがとリノア…」
ようやく収まった息苦しさを深呼吸で整えつつ、ありったけの溜息をついた。
確かに面白い展開ではあるけれど、もしこのままダンスの助手になった彼女…を想像して身震いがした。
そんな事が起こってしまえば、向いに座って不貞腐れている(本人はひた隠ししていたがこの一件で分かった)この男の機嫌はかつて無い程に悪くなり、そのとばっちりは、間違いなく自分達に降りかかってくる。
未来の事は分からない自分でも、それだけは分かる。
任務もイタズラも観察も、安全第一をモットーにしているセルフィにとって、大事な友人の願いでも危険(今回は特に大大大危険!)が及ぶものは避けたいものだ。
「はんちょって、こーゆーの結構あるわけ?」
「まぁ、な」
「そか…。苦労するねぇ」
セルフィの言葉で自分の気持ちを察してくれたのが分かったのか、スコールは目を丸くした。
「…分かってくれるか?」
「うん。これは大変だよ」
リノアの味方をするつもりが、いつしかスコールの肩を持つはめになった。けれど、これは仕方ない。
リノアはリノアで何がなんやら分からないと言った風情で、急にスコールとセルフィが結託したように見えたのが気に入らなかったのか、俯いてしまった。
まったく、とんだバカップルだ。
片方はどうしてダンスの助手を許してくれないのか想像力が今ひとつだし、もう片方は、彼女が人に頼られる事を嬉しく思っているのを知っているだけに、嫉妬を上手く伝えられない。不器用にも程がある。
後ろでやんややんやと笑っているだけのキャラのはずの自分が、まさか本当に助け舟になるなんて。
セルフィは思わず苦笑した。立ち上がってリノアの肩をポンポンと叩いた。
「リノア、そんな顔せんといて。んと、立場が逆だったらってまず考える事」
「え……?」
「はんちょも悪い。ちゃんと思っている事を声に出す事!はい、これで解決♪じゃ、がんばってね〜」
「…………」
あとは二人が勝手に終わらせてくれるはずだ。
なんだかんだで、あの二人が仲良しな姿を見るのが一番好きなんだとセルフィは改めて自覚した。
その先の展開をちょっとだけ想像して覗きたいなんて思ったが、やっぱり止めておく事にした。
きっとガムシロップよりも濃厚で甘いとすぐに分かったから。
「はいはい、ごちそうさまって感じ。ほ〜っんま、ブラックのアイスコーヒーでよかったわ…」
後日、まさかその役目が自分にやってくるなんて思ってもみなかったセルフィは、二人に恨み節の一つでもと思ったけれど、自室の扉の前にリノアのメモとドール製の高級バスボムが入った紙袋を発見したので、頭の言葉を沸き上がる泡と共に、シュワッと湯船へ溶かし込んだ。