バカップルの日常茶飯事(スコール編)

SeeDが任務以外の時間で自由が効くのは、実際のところ、ほんの僅かだ。

疑似魔法の研究で新しい使い方が発表されれば、その研究会に出席したり、爆発物やハッキングの技術なども日々進歩している故にその対策の講習を受けなければならなかったりする。なので、非番や休暇が時期によってはなかなか取れない。

特に冬から春先にかけては、入学希望者の試験や説明会等、忙しさがピークを迎える。それが終わればすぐに候補生のSeeD試験準備に入る為、現在ヒマ(という言い方も語弊があるが)なのは卒業予定の生徒くらいのものだった。

 

スコールも例に漏れず、教職員や先輩に雑用を言いつけられることもあったし、資料作成や会議も山積みだった。年度末はどこの国も忙しいので、任務も通常の3割増だ。

指名された任務以外はなるべく均等に割り振りされていても、やはりスコールの仕事量は人の倍あった。

普通の人間なら、とうに爆発しそうな仕事量を淡々とこなす姿は、他の仕事仲間にとっては脅威だった。

彼が『手本』となってしまい、慣例になるのだけは避けたい  口には出さないが、皆一様にそう思っていた。

 

そんな彼も顔に出さないだけで、かなりのストレスが溜まっていた。ただし、それは仕事の内容に関することではなく仕事によって『安らぎの対象』に会えないことに対するストレスだった。

執務室で後輩SeeDが提出した任務報告書の修正をしていると、隣で資料の整理を終えたキスティスがクスクス笑って、彼にブラックガムのボトルを差し出した。


「ここにきて6回よ」

「は?」

「あら?無意識なのね。ため息よ。スコールもさすがにストレス溜まっているのね」

「そりゃあ、まぁ…」


最近は週1で休みが取れれば御の字なのだからため息ぐらい仕方ないだろ、スコールはぶっきらぼうに答えたが、キスティスにはお見通しだったようだ。


「そんなに会いたいなら会いに行けば良いのに。同じ敷地内にいるんだから」

「それは……。今、仕事中だ」


スコールはガムを2粒口に放り込むと、ボトルを突き返してキスティスの魅力ある提言を拒絶した。それでも彼女は笑って畳み掛けた。


「あなたは我慢できるかもしれないけど、そうじゃない人だっているわ。なんで私がガムを渡したか分かる?あなたの溜息は溜息じゃないのよ」

「どういう意味だ?」

「内緒よ。とにかく!辛気臭くなるから『気分転換』してきてちょうだい。2、3時間なら平気でしょ?」

「しかし……」

「ほら、さっさとする!残っているやつは私が直しておくから、行ってきて」

「分かった、すまない。何かあったら呼んでくれ」


額に手を当てながらようやく降参したスコールは、ほんの一瞬だけ温和な表情になった。すぐにいつもの無表情に戻ってしまったが。


「戻るときに売店の野菜ジュースお願い」

「了解」


スコールが執務室を出ると、キスティスは『本物の』溜息をついた。


「もうっ、素直じゃなさすぎるのよ。あんなに『会いたい、会いたい』って隣で言われる身にもなってよね」


野菜ジュースとお菓子もお願いすればよかった…。キスティスは、今の気持ちは口が寂しいだけと断定して、前にセルフィから貰ったキャンディを口に含んだ。


「やだもう!甘ったるいったらありゃしない!」

 

          

 

追い出される形で執務室を出たスコールは、まっすぐ女子寮へ向かった。この時間なら目的の人物は自分の部屋にいるはずだ。

もう見慣れた部屋番号の扉の前に到着すると、ノックをしてすぐにカードキーで解錠した。

貰ったカードキーは、ガーデンの紋章と部屋番号が擦れて薄くなり、かなりの回数行き来していることを告げていて、スコールは密かに苦笑した。自身が所有している自室の鍵よりも使い込まれているそれをポケットにしまうと、案の定彼女の相棒が真っ先に出迎えてくれた。


「アンジェロ、元気だったか?久しぶりだな」


優しい手つきでアンジェロの毛並みを撫ぜるだけで落ち着いた気分になる。動物のセラピー効果は立証されているが、スコールもその効き目を実感していた。


「あれ?スコールだぁ。どうしたの?」


目を丸くしたリノアがバスルームのある奥の扉から顔を覗かせた。両手にゴム手袋を持っている。


「掃除か?」

「うん、お風呂掃除。スコールは?お仕事終わったの?」


のほほんと尋ねてくるリノアはいつもの調子とあまり変わらず、スコールは拍子抜けした。キスティスが『我慢できない人がいる』なんて言っていたから、変に期待してしまったのかもしれない、きっとそうだ。

嘘つきめ  スコールは自分の気持ちを棚に上げて、密かに才女へ毒づいた。


「いや、休憩時間を貰った。また戻る」

「そっか。疲れてない?お茶でも淹れようか?」

「その前に、やることあるんじゃないか?」


スコールの思考とは関係なしに、言葉が勝手に吐いて出た。

会いたいと思っていたのは俺だけだったのか?  そんな風に素直に拗ねたら、彼女はどんな顔になるだろう。

スコールの心が忙しなくなりつつある。


「え〜?掃除の続きしていいの?」

「…それは後でいいだろ」

「お昼ごはん?」

「もう食った。リノアはまだなのか?」


彼が見た時計の針は、もう午後2時目前だ。


「ううん、食べたよ。スコール忙しそうだからまだかなぁ…って思ったから聞いただけ」

「なぁ」


リノアの恋人が痺れを切らして距離を詰めると、彼女は突然、いつものブルーのロングカーディガンの裾を持ち上げて目元を隠してしまった。


「リノア?」

「ねぇ、おんなじ?」

「何が?」

「スコールも、さみしかった?」


リノアの微かに震えた声が聞こえると、鼻と口元しか見えない変な格好だと思っていたものすら可愛くて愛すべきものだと感じるから、先人の言う『恋は盲目』という言葉は本当に金言だとスコールは思った。

彼が目隠ししている両手を握ってゆっくり下ろさせると、眉を下げて眩しそうに目を細める漆黒の瞳が露わになった。今にも泣き出しそうだ。


「毎度のこと、意地っ張りだな」

「どっちが?」

「どっちも」


互いを体に取り込むようにきつく身を寄せ合うと、しなやかな指先を絡め合った。


「さみしくないわけ、ないだろ?いつぶりだと思っているんだ?」


生存確認するようにひとつ、またひとつ  捕らえたものに口付けて感触を確かめる。見た目は情熱的だったが、スコールの愛撫は穏やかだ。うっとりするような心持ちのリノアは、ピタリと彼の優しさに寄り添った。


「ん〜とね……会えたからもう忘れちゃった」

「現金だな」

「こうしている方が大事」

「リノアは麻薬だから困る」


会ってしまえばもう過去のことなんか忘れてしまうくらい甘美な時間が訪れるのに、離れた瞬間からもう次に会えるのを心待ちにしてしまう。禁断症状よりも厄介な恋人にそうぼやくと、スコールが愛くるしいと思っている瞳がじっと見つめて、彼の胸元に矢を放った。


「スコールだってそうじゃない。わたし、中毒だもの」


物騒な物言いの割に、二人の気配は次第に温度を上げて部屋を包んでいく。スコールは堪らず、彼女の耳元に唇を這わせた。


    って言ったら?」

「断る理由なんて、私の辞書には無いよ?」


二人の会話はそこで、ぷっつりと途絶えた。

 

 


きっちり3時間後、スコールは、キスティスのリクエスト通りの野菜ジュースと、適当な菓子を入れた袋を下げて執務室へ戻ってきた。

キスティスは礼をいいつつも、また新たなため息をこっそり吐きだした。


「…甘いのばっかりじゃない」






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