任務の前日、許されないと分かっていても、仕事をしたくない自分が顔を出す時がある。要するに、サボりたい。
こんな気分になるのは滅多に無いけれど、一度湧き上がると消すことが難しい。
 
具合が悪くなればいいのにとか、急に任務が無くなればいいのにとか、挙句の果てには、このまま眠って目が覚めなければいいのにとか。
テスト前の子供のように憂鬱になってる時に限って、現実逃避を誘う誘惑も多い。
 
買ってきたばかりの小説や、シルバーアクセサリーや車のカタログ。見えない所に置いても手にとりたくてウズウズする。持ったら最後、絶対に仕事へ行く気が失せる。
 
リノアもそのうちの一つ。彼女の存在そのものが誘惑だ。
床に寝そべりながら雑誌にせっせと印を付けている姿をチラリと見れば、部屋着から覗く胸元がやけに強調されて誘ってているように見えたり、まつ毛が長くて普通にしていても垂れ目っぽく見えたり、爪や頬や唇のピンクが可愛くて仕方なかったり。
 
(とうとう頭がおかしくなってきた)
 
頭を振ってみても、この感情は抜けてくれなかった。サボりたい病にかかっているとはいえ、自分の異常さ加減に呆れる。いくらなんでもこれは変だ。
恋ってこんなに変な気分になるものなんだろうか。
 
誘惑はそんな俺に全く気付く様子もなく、頬杖をつきながら独り言のように「この服スコールに合いそう」やら「このカフェ、いつか行ってみたいなぁ」やら呟いてる。
 
とうの昔にこっちのデスクワークは終わっていたが、なかなか声が掛けられない。
今アクションを起こせば、誘惑に溺れてしまいそうだったから。
 
 
「そろそろ消灯時間だぞ」
自分のこんがらがった感情に我慢し切れず、意を決して彼女に帰るようにそれとなく促す。
「んー、そうだね。消灯時間だね」
普段なら帰るはずの彼女が立ち上がろうとしない。
ただオウム返しをしてくるリノアがこの時だけは憎かった。
 
「リノア」
「やだ」
 
まさかそんな事を言われるとは思ってなかったので、一瞬返す言葉が見つからない。
 
「ワガママ言うなよ」
「ワガママじゃないもん」
「じゃあどうして…」
「だって、明日の任務延期になったのになんで帰らなきゃいけないの?」
「……は?」
 
間抜けな声が出てしまった。
バッと立ち上がったリノアの潤んだ瞳に対応すべきか、それとも彼女が発したセリフを検証すべきか混乱して対処できない。
 
リノアもそんな俺に気付いたのか、膨らませていた頬がしぼんで、困惑の表情に変化していく。
「あ、れ?私…もしかして言ってな、かったっけ?」
彼女の声がどんどん尻すぼみになっていく。何かやらかしたような顔だ。
 
「何を?」
後者に対応することにした俺が質問すると、彼女は明らかに焦りだした。
「内線が、学園長からあって、任務が…明後日に変更になった…って。私、やっぱり話してなかった?」
「ああ、聞いてない」
「ごめん!大事なことなのに!」
 
両手を合わせて謝ってくるリノアよりも自分の願望が叶ってしまった事に驚いた俺の顔を見て、どうやら誤解させてしまったようだ。彼女の目にまた涙が溜まってしまった。
 
「ごめんなさい、私…それ聞いて浮かれてて、それで」
彼女は視線を彷徨わせながら、デスクに座ったままの俺に近づいてそっと袖を掴んできた。
「今日は一緒に居られるかもって思ってた。そんな確証も無いのにね。言い忘れた事もそうだけど、スコールの都合も考えなくてごめんなさい」
 
深々と頭を下げた彼女の頭をそのまま引き寄せて胸に抱き込んだ。そのまま自分の膝の上に横抱きにする。
宇宙での、あの時みたいに。
 
「リノアの魔法だな」
「え?なんで?」
リノアはもう泣いていなかったが、瞬きでポロリと水滴が落ちた。
「明日、仕事するのが本当に嫌だったんだ。サボりたくて仕方なかった。だから、リノアから聞かされて驚いてたんだ」
「スコールにもそんな時あるんだ」
「たまにな。……リノアは俺と一緒にいたかったんだろ?」
「うん」
「きっと、そう思っててくれたから仕事が遠ざかったんだ。だから、これはきっとリノアの魔法のおかげだ」
「私、そんなすごい魔法使えないよ?」
 
クスクス笑う彼女。あの時と同じように膝の上に収まっているが、2人の関係が時間の経過でこんなにも甘く穏やかになるとは予想もできなかった。
 
「明後日まで無しか…予定がガラ空きだな」
「大丈夫、リノアちゃんに任せなさい!本読むのも、お昼寝するのも一緒にしよ!」
「そうだな。リノアに一任する」
「お任せあれー!」
 
どうやら忙しくなりそうだ。
 
 
 
 
 
 
 
ああ、困った!
これじゃ、明後日またサボりたい病が発病するな。
 
 
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