【0627ーLos pájaros susurranー】
一年を通して気温が上がらないせいか、夏場でもトラビアの地は過ごしやすかった。
セルフィに言わせれば、これでも今年は暑いらしい。バラムガーデンの真夏はこの比じゃないだろ、と言うとげんなりした顔をして言わんといて!溶ける〜!と愚痴を零した。
「ついでにはんちょの格好も暑苦しい!」
手を団扇代わりにパタパタと扇いでみせた彼女は、子供の頃の記憶のままの顔でニカッと笑った。
「…じゃあ、見るなよ」
「うっ、いまの目つき怖い!一気に涼しくなった!リノアがエスタから帰ってきたらあっためてもらおーっと!」
(なんでそこにリノアが出てくるんだ…)
セルフィは、ことあるごとにリノアを引き合いに出してからかおうとする。普段は相手にしないようにしているが、いつもやられっぱなしは癪なので今回は反撃する事にした。
「セルフィ、そういうからかいはキニアスだけにしてくれ。…そうか、あいつと任務を替わってやらなかったから恨んでるのか?それは気が利かなくてすまない」
「〜〜〜〜!なんでそこにアービンが出てくるわけっ?!」
彼女が顔を真っ赤にして焦りだしたので、意趣返しは通じたようだった。
その連絡は、ようやく本格的になったトラビアガーデンの復旧作業の進捗状況をセルフィと調べている最中に入った。
F.H.の職人集団と打ち合わせの後、図面を見ながら一つずつチャック項目を確認してる時、携帯電話に見慣れない番号から着信が入った。
普段は登録番号以外からは出ないようにしていたのだが、復旧作業の関係者からの連絡かと思い通話ボタンを押した。
「…はい」
「うぉっっ!よかったぁ!出てくれて助かったぜぇ!」
鼓膜をつんざくような興奮した声でまくし立てて来た声の主は、俺がすぐに電話を耳元から離した事に気付いたらしい。おーい、おーい!スコール司令官さんやーい!と何度も呼んできた。
電話から漏れ出た声に、隣にいたセルフィがラグナ様や〜!と気付いてはしゃぎ出したので、このままでは両耳が死ぬと思い、セルフィに見ていた図面を預け静かな場所まで移動した。
「…聞こえてる。用件は?」
「おお、そうだった!悪いが今からエスタに来てくれ。学園長さんからも許可は得てる。ラグナロクをそっちにやった。夜には到着するはずだ」
「は?」
「リノアちゃんの様子がおかしいんだ」
その言葉で、携帯を落としそうになる。呼吸をする事も忘れて目の前が真っ暗になった。動悸と共に手がワナワナと震えるのを感じながら。
リノアが?……何だって?
「…リノアに、リノアに何かあったのか?!」
「落ち着けよ。大丈夫、リノアちゃんは元気だ。命に関わるようなことじゃ無いから安心しろって。ただ、すげーんだよ!わさーっとしてるんだ。そのうちオダインが目の色変えて変なことしそうだから彼女を迎えに来て欲しいんだわ」
(………わさー?)
状況が読めない。ラグナとの会話は同じ言語を使っているはずなのに、通訳(キロス補佐官)が居ないと内容が理解出来ない。
「ヴァ…なんだっけ?ああもう、忘れた!とにかく、説明するよりも直接会ってくれ。”ひゃくぶんはいちみにしかず”だからよ」
「(それを言うなら百聞は一見に如かずだろうが…)分かった。とりあえずそちらに行く。リノアにもそう伝えておいてくれ」
「すまんな。あ!あと、この携帯俺のやつだからよ、番号登録しといてくれ。キロスには内緒だぞ。この前買ったばかりだったのに壊されちまってよぉ。そうそう、司令官殿も気をつけろよ〜!今の携帯は小さ過ぎて使いずら」
ーーピッ。
(やれやれ…)
皆まで聞かずに通話オフボタンを押して我慢していた溜息をついた。とりあえず、リノアが無事である事にホッとした。
気が付くとセルフィが横に立って不安げに顔を覗き込んできていた。
「はんちょ…大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ただ、今夜エスタへ出立することになった。仕事が残っているのにすまない」
「ええよ、一人でも出来ることやし。それよりリノアになんかあった?」
セルフィの瞳はまだ揺れて不安だと訴えていた。普段は全く素振りを見せないが、トラビアの一件以来彼女は近しい人に何かあると少し不安定な状態になるようだった。トラウマになっているのは間違いないのだろう。
だが、それを乗り越える為に、敢えてこの復旧作業に参加を願い出た彼女の精神力の強さは敬服に値すると思った。
「内容は理解出来なかったが…迎えを頼まれた。リノアの奴、また何かやらかしたらしい」
いつものことだ、自分にも言い聞かせるように言ってからセルフィの肩を二回叩き口角を上げると、ようやく彼女も安堵したようだった。
「はんちょ、さっきのすごい剣幕でこっちがびっくりしたわ。さすが恋する騎士様って感じ」
「なんとでも言ってくれ」
「おぉ、『…悪かったな』が出ない!珍しい〜!」
軽口まで出るまでに気持ちが上向いたセルフィに安心した。そして、そんな気持ちになった自分が一番の驚きだった。
仲間…だからなんだろうな。もう他人と切り離すなんて出来ない。したくない。
大事なことに気付かせてくれた彼女の状況が気がかりだったが、さっきの言葉を信じるしかない。
今、自分に出来る事をやるしかない。
「セルフィ、先に休憩行ってくれ。俺はラグナロクでいくらでも休めるから」
「ええの?実はめっちゃお腹すいてて。はんちょありがと〜!」
さっき渡した図面を再び受け取って、旧友を見つけて駆け出したセルフィを見送ると、どこかで鳥の声が聞こえた。
上を見上げると、小さな白い鳥が一羽、立ち枯れた木の枝に止まっている。
気のせいかも知れないが、こちらを見ている。
(あんな鳥、この辺りに生息してたか?)
普段は全く気にも留めない光景だ。しかしなぜか、その鳥から目が離せなくなった。
その時、白い鳥は嘴を大きく開けて鳴き出した。
「ーーーー!」
その声は恐らく聞き間違いの類だと思う。
鳥は鳥であってそれ以外の何者でもない。
疲れているのかも知れないと思って、首をコキンと鳴らしてその声を耳から追い出そうとした。
鳥が話すのはリノアの好きな本の世界だけだ。
ましてや鳥が、『彼女と取引した』などと言うはずがなかった。