「私、スコールが好きなの」

リノアの突然の告白は、任務集合時間直前の朝——食堂で朝食を済ませた後の廊下での事だった。

 

「…どうしたんだ、急に」

驚いて思わず聞き返してしまった。それほど唐突だったので。

集合時刻5分前を知らせる腕時計のアラームが鳴った。うるさくて乱暴に止める。が、彼女に割く時間はもうほとんど無い。

 

「…好きなの」

繰り返し訴えるように言うリノアの表情がどこか悲しげで胸の奥を掴まれた。

 

(そんな顔されたら任務に行きたくなくなるんだが…)

持っていたガンブレードがいつもよりズシリと感じる。

 

「リノア…?」

「スコールは私のこと、どう思ってる?」

 

聞かれるまでも無い。けれど、簡単に言うほどオープンな性格じゃない。

 

「リノアと同じだ」

言葉を濁してしまったけれど、意味はわかるはずだ。

 

「うん、分かってる。分かってるけど…ううん、ごめん、変なこと言って。ありがとう」

「俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」

歯切れの悪い言い方にそう思った。彼女の足もいつものようにもじもじと動いている。

 

「言いたいこと…というか、自分でもまだまとまってなくて、よく分かってないの。あ、任務遅れちゃうよね、ごめん!」

「…ああ。帰ったら話聞くから」

「うん、気をつけてね」

そう言うとリノアは手を軽く上げて足早に自分の部屋へと走っていってしまった。

いつものブルーの背中の羽根模様が残像のように目に焼き付いた。

やはり釈然としないものを感じる。

 

(絶対、さっさと終わらせよう)

今日は討伐任務だからさほど時間はかからないはずだ。

きっともう待っているであろう、アーヴァインの待つカードリーダー前へ走ることにした。

 

 

 

* * *

 

 

 

「…付き合ってる彼女に突然好きとかどう思ってるかとか言われた事あるか?」

「ちょっ…スコール、いきなりどしたの?もしかして、リノアの事?」

「…ちょっと、な」

普段はプライベートな事は極力話さないようにしていたが、どうしてもさっきのが気になって半ば独り言のように思わず口から漏れてしまった。

ガーデン専用車の四駆を走らせながら助手席を横目で見れば、アーヴァインはちゃかす様子も無く腕を組んで前を見ていた。

アーヴァインはゼルと違い見た目に反して口が固い。

おまけに『こういったこと』に関しては完全に先輩格だ。本音を言えば、話す事で解決の糸口が見えるかも知れないと思った。

 

「そうだね~、無いことも無かったよ。好きなのは分かってるけど、ちょっと不安になってるとかそんな具合かね~?」

「そうなのか?」

「ん~…どうだろ?その子にもよるから何とも言えないけど…。あ!もしかして、セフィーのアレを気にしてんのかなぁ」

思い出したかのようにいきなり声のトーンを上げたので、驚いて背中にピリッと緊張が走った。ハンドルを握る手に力がこもる。

 

「セルフィが何か、言ったのか?」

「スコール顔が怖いよ~。怒るかもだけど聞きたい?聞きたいなら車停めた方がいいよ」

 

そんなに深刻な事なんだろうか?

仕方なく車を路肩に止めて深呼吸した。

窓の外を見れば、夏でもないのにアスファルト上に逃げ水が出ていた。

これから聞かされる事と外気の暑さを想像して憂鬱になる。

 

「で、セルフィは何を?」

「うん、セフィーがちょっと前にリノアに聞いたんだ」

「だから何を」

「したかどうか」

 

……した?

したって何の事だ?

 

「キニアス、すまないが分かりやすく話してくれ。何が何やら」

リノアといいアーヴァインといい今日の会話はことごとく回りくどい。話の輪郭すら触れられず、ついイラついて語気が強くなってしまった。

アーヴァインは慌てて両手を振った。

「あーごめんごめん。つまりは」そう言ってサラリと出てきた言葉に一瞬耳を疑った。

 

 

「君とリノアがエッチしたかどうか、だよ」

 

 

(………なっ!)

自分の口が魚のようにパクパクと動いてしまった。頭が真っ白で何を言えばいいのか分からない。

 

「その顔だとまだみたいだね」

「そ、そんな事関係無いだろ…!」

冷静すぎるこいつへ、なんとか絞り出すように非難したが…これじゃあ自白してしまったようなものだ。

思わず前のめりに頭を抱えてしまった。

おまけにその拍子にクラクションを鳴らしてしまった。

(無様過ぎる…)

けれと、隣のやつは気にならなかったようだ。至って真面目に話を続けた。

 

「セフィーの事は怒らないでやってよ。僕も注意しといたし、反省もしてるからさ。ちょっとからかいたくなっただけだと思うんだ。外部には秘密にしてるとはいえ二人の関係は恋人な訳だし、もう4ヶ月以上あんなに仲良さげにしてたらもう『そういう』間柄だと思うのが自然だと思うし」

「………」

「スコールだって猥談の一つや二つあるだろ?」

確かに、個室になる前には多少はあった話題だが、まさか自分達がネタにされてるとは思わなかった。

 

「こういう事はさ、二人の問題だから外野がどうこう言うつもりは全く無いよ。たださ」

帽子を被り直し、いつになく真剣味を帯びたアーヴァインの声で話を聞こうとしている自分がいた。

ふとした時の、この男の説得力は、一体何なんだろう。

 

 「ちゃんとリノアとは話し合った方がいいよ。スコールが今考えてる関係とリノアとはちょっと方向性が違ってるんじゃないかと思ってさ」

「方向性?」

「そ。司令官殿はリノアを恋人だと思ってるけど、魔女と騎士としての立ち位置を考えてそこまで進むのを躊躇ってる」

「!」

「やっぱり図星なんだね。スコールはそう思ってても、リノアの方は…勿論考えて無いわけじゃないと思うよ。でも、ちゃんと恋人としていたいと思ってる。『そういった事』も含めて、ね」

 

ふいに核心を突かれてしまった。

鈍い俺にも、流石に異性と付き合えばそういう関係になるだろうとも思ってたし、それが自然なのも分かってる。

自分の中にも例に違わず欲とも愛ともとれない感情が存在している。キスだけで満足するほど『大人』ではない。

けれど、恋や愛に流された関係で良いものかと考えているのも事実だ。

彼女を信頼していない訳ではないし、自分はこれからずっと側を離れないと確信しているが、もし、今の関係が崩れるような事があれば…そう考えるだけで、先の事を切り出せずにいた。

そもそも、彼女に対してこんな浅ましい気持ちをぶつけてもいいのだろうか。

 

「僕が勝手に言うことだから気にしないで欲しいんだけど…魔女と騎士として生きていく事に、そんなに気負いする必要は無いんじゃないかな。確かに未知の関係だし、僕たちには想像出来ない苦労も必ずあると思うけどさ。そこはさ、出来る事は全力で僕らも協力するし。ママ先生や学園長みたいにプラトニックな関係もアリだと思うけど、同じようにする必要は無いと思うんだ。スコールとリノアのルールを作って行けば良いんじゃないかな」

 

その言葉は、突然ストンと心に入って居場所を見つけたかのように自分のものになった。

凝り固まったものが肩の力と共に抜けていく。

 

 「俺の態度、そんなに分かりやすかったか?」

「いや、そんな事無いよ。僕も確証は無かったし。みんなも分かってないと思う。リノアはもしかしたら、セフィーの言葉で何か思う事があったのかも知れないけど」

「…そうか」

 

朝のリノアを思い出す。

もしそれが原因なら、あんな顔をさせたのは俺のせいだ。

彼女の事だ、もしかしたら人知れず涙を流した夜があるかも知れない。

 

(結局、また俺は勝手に考えてばかりでリノアの気持ちを考えてなかったって事か)

自分の未熟さに癇癪を起こしそうになる。目をぎゅっと閉じて瞼の奥に怒りを押さえ込んだ。

それと同時に、(自責の念は消えなかったが)彼女が自分との関係をそこまで考えていてくれたなら――そう思うと、喜びがじわりと胸に広がっていくのも感じた。

 

「ここ最近のスコールさ、リノアを見てる目が必死だったよ~。自分との戦いって感じでさ。本当に大事なんだろうなって思った。あ……まさかとは思うけどスコールってアレじゃ無いよね、インポテ…あいてッ!」

皆まで言わせず頭を叩いてやった。

けれど、叩かれた方が嬉しそうなのを見てこっちが照れ臭くなってしまった。

 

「…すまない」

「い〜え。どういたしまして」

素直に感謝は言えなくて、謝罪したが伝わったようだ。

話は終わった筈なのに、アーヴァインはまだニコニコしている。

何処と無く上から目線な気がしてちょっと嫌な感じだ。

 

「…なんだよ」

「スコールがこんな話するとは思わなかったからさ、愛の力は偉大だと思っただけさ」

「言ってろ」

エンジンをかけ直し、しばらくアイドリングしてから発車させた。目的地はもうすぐの筈だ。

(任務中にこんなことをしている場合じゃないのに、俺はどうかしてる)

俺の心の声が聞こえたように、アーヴァインが鼻で笑った。

 

「ほんの5分くらいいいじゃない。おかげで集中できるでしょ?二人には幸せになってもらいたいしね。僕の分も含めてさ」

「あんたは幸せじゃないのか?」

「僕は長期戦だからさ~」

長い溜息で落ち込んでいるように肩を落としたアーヴァインをみて苦笑した。

 

(他人からじゃないと見えないものってあるんだな。お前の本命はかなり分かりやすいぞ)

 

突然、道路が揺れだした。危うくハンドルを取られそうになりヒヤッとした。

路面に巨大生物が這った後が何本も出来ている。アスファルトがめくれ上がっている場所もあった。乗り上げていたら怪我だけでは済まないだろう。

(この跡の大きさからいってケダチクか?それにしても多いな)

 

「キニアス、長期戦ならこっちも同じだ。こっちは死ぬまで戦う覚悟はあるがな」

「さっすが騎士様!僕の方はガードが固くて挫けそうだよ~。おっと、こっちは短期戦にしたいもんだね」

小声になったアーヴァインの目の先には、予想通りケダチクが大量発生していた。まだこちらには気付いていない。

ざっと数えて20匹はいそうだ。林の木々を倒してバリバリと喰らっている。雑魚とはいえ、これだけ多いと面倒だ。

 

(道路を塞いだモンスターの討伐と聞いていたが…学園長も鬼だな。二人でこれを片付けさせようとするなんて)

死角に車を停めて、風下の茂みで準備を始める。

既に隣の男は弾を装填済みのようだ。エクゼターの銀色が獲物を狙う獣の目のようにギラッと光った。

 

「流れ弾、車に当てるなよ。前のと合わせて2台分の天引きはさすがにきついだろ」

「げ!(なんでそれ知ってるのさ!)」

「セルフィに聞いた」

「セフィー様のおしゃべり!」

 

そうぼやきながらもしっかりと構えて一発、急所に命中させた。

ケダチクは緑の体液を吹き出して断末魔を響かせ、勢いよく倒れた。

相変わらず気持ちの悪い生物だ。

奴らの視線が一気にこちらに集まった。重低音を響かせて向かってきた。

 

「援護、頼む」

「りょーかい!オーラいくよ!」

 

(化け物ども、残念だったな。今の俺は機嫌が最高に悪いし最高に良いんだ)

 

 

 

 

 

 

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