「おっし、これで揃った。なんとかなりそうだな」

ゼルは一安心とばかりに両手の拳を突き上げて伸びをしながら大きな欠伸をした。

「おつかれ~ゼル~」

少人数用のミィーテイングルームで一緒に作業していたセルフィも、腕をクロスしてストレッチしながら目をギュッと閉じた。パソコンに向かって何時間経っただろう、目がチカチカして仕方ない。

二人とも慣れないジャンルの仕事をして体を動かす以上に疲れきってしまった。

 

エスタが新しく建設する貿易センターへの意見書――建物のあらゆる方面においてテロ対策を講じる為に(言い方は悪いがテロ工作に長けた)SeeDに見解を求めてきたのだ。

エスタは近代国家だけあって、建物一つにしても他の国とはずいぶん違う。立地・面積に関する事から新しく採用する建材の元になる論文や見た事も無いような図面を読むのも一苦労だった。

 

「しっかしスコールって、やっぱすげぇ奴なんだって改めて分かったよ。こんなの一人でやろうとしてたなんて信じらんねぇ。」

「同感~!これからクライアントにスコールみたいなのが当たり前なんて思われたら、仕事やりにくいわ~」

「それ、同じ事をアーヴァインも言ってたな」

「そうなん?ま、アービンクラスは特にそう思うんちゃう?」

「…それ、本人に言うなよ?さすがの俺でもそれは言えねぇよ」

 

自分が言われたような顔をしたゼルがたしなめてきたが、セルフィは敢えて無視を決め込んだ。

セルフィも自覚してるのだ、アーヴァインに対してつい厳しくなってしまうのを。なぜそうなってしまうのかも。けれど、自分でも完全にその感情と決着をつけていない。だからまだ誰にも言うつもりは無い。

セルフィは話を元に戻すため、いつの間にか空になっていた紙コップをわざとクシャリと握った。

 

「アービンは明日から来週一杯休みやし、キスティスもそろそろガルバディアの調査が終わるみたいだし、ようやくだね~」

「だな。ま、あとはスコール次第だけどな」

「…そだね」

「リノアも大変だよな…」

 

『悪者を倒して、めでたし、めでたし』なんてことは本の中だけだった。現実はもっと冷酷で厳しい。

世界は自分達だけがいるのではではない。そんな事は当たり前だ。だから、こっちサイドの人間がいくらリノアの事を擁護したって、簡単に「はい、そうですか」と受け入れてくれるとは思ってない。

それでも、今のリノアの状況は同じ仲間として(いや、もう親友だ)胸が痛んだ。彼女が受け入れていても、だ。

 

「外出許可が出たっていっても、遠隔監視システムの試運転の為なんだろ」

ゼルが悔しげにデスクの上の拳を握りしめた。

「それ言わんといて。…あかん、はんちょの顔思い出してしもた」

セルフィは閉じたノートパソコンに突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

―――10日前

スコールが学園長に呼び出された時、たまたま居合わせたのがセルフィだった。

すぐに立ち去ろうとしたが、彼に引き止められた。「リノアの事だから」と。

学園長シドが苦い顔をしながら持ってきた『それ』は、以前見たオダインバングルのようなものだった。

けれど、もっと酷いものだった。

魔女の力を抑える働きだけではなく、エスタの衛星を使ってリノアの位置や行動を随時監視出来るシステムが搭載してある事。

そして、リノアの力がバングルでは抑えられないと判断された時――力の暴走の際には、瞬時に封印の為の致死量を超える麻酔が自動的に打たれる仕組みがある事。

 

なによりも、オダインバングルを嫌がっていたリノアがそれを受け入れた事。

それが一番セルフィはショックだった。

 

一通り説明を受けて、セルフィは自分で自分の身体を抱いた。自分自身、血なまぐさい仕事をやっているのを自覚しているが、リノアに対して無慈悲なまでの仕打ちに震えが止まらない。

セルフィが怒りの収まらない眼差しでスコールを見た。だが、予想に反して彼はいつもの無表情だった。

「きっとこんなものは一時的なものでしょう。大丈夫、すぐに外される時がきますよ」

シドの言葉は全く心に響いて来なかった。そんな綺麗事を信じられるような年齢ではないし現実味もない。

「そうですね、きっとそうなると信じてます」

セルフィは淡々と答えた彼が想像以上に大人だった事に感心した。それと同時に、なんでもっと怒らないのかと納得いかない気持ちになった。

 

 

学園長室を出てから、スコールはずっと黙ったままだった。彼の手には例のバングルが握りしめられている。リノアの希望でスコールに持ってきて欲しいと言われていたらしい。

「………」

視線どころか相手にかける言葉さえ見つからない。エレベーターを待つ時間がこんなに重苦しく感じた事は無い。グラビジャの方がまだマシだ。

やってきたエレベーターに乗り込むと、彼がようやく口を開いた。

「任務帰りなのに、つき合わせてしまってすまない」

「そんな。気にせんといて」

セルフィは視界が揺らぐのを必死で抑えながら努めて明るい口調で返した。

「…一人で聞いてたら、何を言うか分からなかったんだ」

「はんちょ……」

「セルフィ、今の俺の顔、どんなだ?」

 

(………!)

 

言葉が出て来なかった。

今までに、これほど弱々しく悲しげに微笑む人の顔を見た事が無い。

悲しみというよりも絶望に近いのかもしれない。

以前はあれほど自分達の事を頼って欲しくて、本音を知りたいと思っていたのに。

…そう思っていたのに、いざその時になってみると、彼の痛みを直視出来ない。

けれど、スコールが求めているものは、慰めではないのは何となく分かった。

今、このエレベーターの中で必死に自分の気持ちと闘っているように見えたのだ。

 

(だったら、一緒に闘うよ、はんちょ)

セルフィは大きく息を吸い込んだ。

 

「はんちょ、笑い過ぎ~!確かに学園長がまた太ってきたのは分かったけど、思い出し笑いはしちゃだめでしょ」

「…………でもあのベストはだいぶ限界きてたぞ」

「ちょっ!それ言わんといて!夢に出そうや!」

「ママ先生も帰ってきたのに、肥満で早死にしたら困るしな。何か対策を練らないと」

「真顔で笑かさないで~」

 

わざとらしかったかも知れないが、1Fに到着した頃には彼の顔はいつも通りの無表情だった。

何となくこの場から早く去りたくてセルフィは先にそこから降りた。

「じゃ、はんちょ、またね~」

「ああ」

こんな別れの挨拶もいつも通り。少しホッとした。

けれど、少し歩いてから背中に声を掛けられた。

 

「…ありがとう、セルフィ」

 

セルフィは気付かない振りをした。

唇を噛んでも溢れ出てしまう涙を彼には絶対見せられなかった―――

 

 

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