ある方に捧げた8親子ネタです。これもここに置くまでお一方しかお見せしていません。
ご縁がなくなったのでこちらへ。私のラグナとスコールの位置付けはこんな感じです。
「大統領って暇なのか?」
本来、立場を考えればこんな口の聞き方はまずい。つい口が滑った。だけど、言わずにはいられなかった。
それを聞いた補佐官が肩を震わせてくるりと後ろを向いた。俺にはどこが笑いのツボかイマイチ分からない。
「いんや、スコール君が思ってるよりも忙しいと思うぜ〜」
エスタの事実上トップは、のんびりとした口調で伸びをした。相変わらず緩い格好だ。その姿を見るだけで調子が狂う。
「なら、どうして…俺を?」
「お前さんとデートしたくて」
「…は?」
「ちゃんとガーデンには依頼したさ。金も払ってる。私的な依頼だからポケットマネーだけどな。しっかし、君を雇うのは高かったぜぇ。たった2時間だけなのに護衛二人分だとは思わなかった」
ぼくちゃんのお財布すっからかん!なんておどけた口調で泣き真似をする大の大人が、自分の身内(どうやら本当らしい)と思うと目眩がしそうになった。
リノアの定期健診に同行するように言われたのは検診日の直前のことだった。SeeD4人という普段よりも多い人数でのエスタ入りだったのでおかいしと思っていたが、研究所前でリノアとの別れの挨拶もそこそこに、大統領官邸へ呼び出された。
呼び出された理由がこんな理由なら、即刻拒否したのに。
「男同士でデートって…まさか、そういう趣味なんですか?」
「ち、違う!断じて違うはず!」
「だったらエルにでも頼んでください」
誰が好き好んで男とデート…しかも相手が目の前の男なら尚更嫌だ。
内心盛大な溜息が出た時、キロス氏がまたこちらへ振り返った。もう笑いは収まったらしい。
「スコール君、突然の非礼を許して欲しい。大統領は『SeeD司令官としての』君との昼食会を希望しているんだ。ランチタイムが終われば丁度リノア嬢が検診から戻ってくる時間になる。彼女の今後の話もしたいらしい。それまでお付き合い願えないだろうか」
にっこり笑っているが100%大統領の味方である彼は、もう帰る気でいた俺の出口をいとも簡単に塞いでしまった。立場云々を翳されてはそう易々と拒否出来るはずも無く、しかもリノアの話となれば聞かないわけにはいかない。
「…分かりました。正式(かどうかは怪しげ)な契約は交わされているようですし、そういうお話でしたら(嫌だけど)ご一緒させていただきます」
「ありがとう。今日が二人の有意義な時間になってくれる事を願ってるよ」
「サンキュ、サンキュ!おっし。じゃ、行くとすっか!」
そう言ったが早いか、今までののらりくらり具合が嘘のような早足でもう執務室の扉を開けた。
「スコール司令官、大いに楽しもうではないか!…なんてな!」
ははっと笑った笑顔は、なぜだかどこか近しい場所で見た覚えがあった。
一体どんな場所へ連れて行かれるのかと身構えていたが、連れてこられた場所は、官邸から歩いて数分もかからないところにある公園だった。そこには円形の噴水を取り囲むように木々とベンチが並んでいる。
木陰で昼寝をする者、噴水で遊ぶ子供を見守る親たち、読書をする老人——様々な人々が憩いの場としてここに集まっているようだった。
大統領が公園にやってくるなんて普通ならあり得ないことのはずなのに、先客達はチラリと視線を向けただけですぐに自分たちの世界へ戻っていったところを見ると、どうやら彼がここに来るのは日常茶飯事のようだった。
移動中、四方から見られている気配を感じたが、この公園内でも何処にいるかは分からなかった。エスタにもかなり優秀な護衛官がいるようだ。もしかしたら元SeeDを雇っているのかもしれない。
「ここに座って待っててくれ。ちょっと行ってくっからよ」
「…!待て、そんな勝手に…!」
「ダ〜イジョ〜ブ!遠巻きに監視されてるから問題ね〜よ!」
手をひらひらさせながらニヤリと笑った男は、そう言い残して軽い足取りでどこかへ行ってしまった。
「まったく…なんなんだ」
取り残された俺は、仕方なしにベンチに腰掛けた。突然、泣き声が聞こえて目をやると、子供が水浸しになって泣いていた。噴水で転んだらしい。
父親らしき人物が慌てて駆け寄って抱き起こすのを見て、なぜか視線を逸らしてしまった。
(なに、意識してるんだ?)
言ってしまえば、どうして自分がここにいるのかはもう分かっている。こっちに無くても向こうには話すことがあるんだろう。
今日だけじゃない。時々、こっちを見る視線にも気付いてた。気付かぬ振りも限界だった。
元々親無しで育ってきた。あの頃は孤児なんてザラだったし、ガーデンに入ってからはそんな事を考える余裕も無いぐらいの生活だったから、親に対する感情はあまり持ち合わせていなかった。
だから、父親だと聞かされた時は『ああ、そうなんだ』ぐらいの印象しか無かった。
向こうには向こうの事情があったからこうなった事も理解出来ている。だから、恨みなんて更々ない。かと言って思慕の念を抱く訳でもなかった。心がパズルだとすれば、そのピースだけ最初からどこかに忘れてしまった——そんな感じだ。
けれど。
あの年の割に屈託のない笑顔を見た時だけは、胸の奥がざわざわするのを抑えられなかった。急に手に力が入らなくなるような…拳が握れなくなるような感覚が襲ってくる。
それを、一度だけリノアに告白した事がある。
彼女はふんわり笑って俺を抱きしめて「大丈夫、きっと取り戻せるよ」と言ってくれた。
取り戻せると言ったのは、親に対する感情ということなのだろうか?
自分の中にも親を思う感情がまだあるんだろうか。それを自分自身は求めているんだろうか。
リノアと出会えたことで抑えていた感情が表に出るようになったことは認めるけれど、まだもっと奥底に眠っているんだろうか。
もしそれが存在するなら—————。
「すまんな、待たせて」
ハッとして見上げると、そこには両手に紙袋を下げたラグナが立っていた。当然のように隣に座ると片方の袋を差し出してきた。
「ほいよ。お前さんの」
黙って受け取ると、ほんのりと暖かい。紙袋は中の蒸気のせいで少しくたっとしていた。
「ここのが一番なんだわ。美味いぞ〜!」
ワクワクしたような声で言うと、相手はさっさと紙袋から目当てものを取り出して噛りついた。
「会食のメニューがホットドックなんて初めでだ…」
「堅苦しいよりマシだろ。でも特別なやつにしかここのは食わせないぞ。よその国に買収されてエスタからいなくなったら困るからな」
どこまで本気だか分からない口ぶりでそう言うと、また大きく噛りついた。ラグナは足と食事に関しては早いことを初めて知った。
(やれやれ…)
仕方なしに付き合うことにした。確かに一口頬張ると肉の旨味が口一杯に広がる。かといって脂は全くしつこくない。
かかっているソースも口にしたことが無い味だったが普段口にするものとは一線を画していた。
確かに買収されたら困るかもしれない。パン好きのゼルもきっと魅了されるんじゃないか?
「確かに美味いですね」
「だっろ〜!世界中巡ったけど、ここのやつが世界一美味いと思うんだよな!」
あんまり嬉しそうに笑うので、少しだけ可笑しくなってしまった。一瞬、つられて笑いそうになって口元がふるりと歪んだのを慌てて抑え込んだ。
「あ、これ渡すの忘れてた。アイスコーヒーで大丈夫だったか?」
「すみません」
「あ〜…敬語禁止で頼むわ。議会でも堅苦しいのが嫌で禁止にしてるんだ」
(議会でも?そんなことがまかり通るのか?)なんて思ったが、黙って従うことにした。
アイスコーヒーに関しては特段感動は得られなかったが、このパンにはアイスコーヒーが一番だと思った。
並んで黙々と食事をしている間、特に会話することは無かった。けれど、この沈黙は不快ではなかった。穏やかな陽気と周りの朗らかな雰囲気のせいだろうか。噴水が高く低く上がる度に、霧状になった水の奥から虹が浮かび上がった。
ラグナは3つ目(1つでもかなりデカいのに食い過ぎだ)を完食すると、ゴミをクシャリと丸めて近くにあったゴミ箱へ放り投げた。コントロールは悪くなかった。
「なぁ、聞いて良いか?」
「何だ?」
「いつ、リノアちゃんと結婚するんだ?」
「ブッ……!ゴホッ!…ゲホ!な、なに、を……!」
「おい、大丈夫か〜?」
いきなりそんな質問をされるとは思わずに盛大にむせた俺の背中を擦りながら、ラグナはニヤニヤしていた。
(こいつ、絶対おちょくってやがる…!)
ギッと睨むと「怖い!」と言った奴は、慌てて後ずさりして離れた。頭を掻きながら、にへらっと笑った。
「すまん、からかってるつもりは無いんだ。ただ、そうなるんだったら色々と根回ししないとな、ってことだ」
「根回し?」
「そうそう。結婚する当事者には迷惑な話かもしれんが『権力者』同士の結婚ってのは色々と大変なわけよ。曲がりなりにも大統領が言うんだから間違いじゃないぜ。おまけにリノアちゃんは暫定とはいえガルバディアのトップの娘さんだしな」
「そうか…彼女はもう、そう言う意味でも一般人じゃないんだよな」
「お前さんもな。でも、『普通』に暮らせるように世論を変えて行く努力をするって決めたんだろ。なら、大丈夫だ。お前さんたちなら、できるさ」
「!」
初めてだった。きっぱりと、自分たちのことを大丈夫だと言ってくれた人物は。
満面の笑みが、こんなにも安心できるものなんて思わなかった。
前々から思っていたが、この男の自信はどこからくるんだろう。でも、信じたい何かがあった。エスタの住人も、国のことをこの笑顔に賭けているのかもしれない。
だからつい、口が勝手に動いてしまった。
「まだ何も決めてないけど、俺の中じゃ…SeeDを辞めたらって思ってる。彼女が良いと言ってくれればの話だけれど」
自然と出てきた言葉は、誰にも話したことが無かったし、まだ自分自身でも決めかねていたことだった。
けれど口に出せば、それが正しい選択だと思えた。どうしてこんなに素直に話す気になったのか、自分でも分からなかった。
「そうか。じゃあ、俺も頑張らないとな…よっこいしょ!」
立ち上がって頭の上で手を組んだラグナは俺をじっと見て微笑んだ。笑ってるのに泣きそうな顔だった。
「ハッキリ言って俺は、俺の人生を後悔したことがない。そのせいで誰かが不幸になってたとしても。だけど…こんな俺だけど、これだけは約束する。お前さんが決めたその日までに、必ずリノアちゃんの自由を取り戻せるようにする!」
「そんなこと…できるのか?」
「だ〜〜〜っ!やるったらやるんだよ!自分の息子の晴れの日に、心から幸せになってもらえないなんて!そんなことあっちゃまずいだろ!って、……あ、わりぃ」
大声で捲し立てたことか、それとも息子呼ばわりしたことに謝ってるのか——この際どちらでもよかった。
「………」
「あ、あの、スコール君?気分を害しちゃったなら…その…」
「ありがとう」
鈍感な俺でも相手の気持ちが痛い程伝わってきたから、素直に感謝することにした。そんな俺を疑うような目で見ていたラグナは視線を地面に落とした。
「嫌じゃないのか?」
「何が?」
「その、息子って呼んだこと」
「血がつながってるのは事実だろ」
「えと…恨んだりとかは?」
「そんな余裕なかった」
「そうか…」
「自分でもまだよく分からないんだ。これから腹立つことがあるかもしれない。でも、あんたのことは多分、嫌いじゃないと…思う」
「なんか、調子狂うな。普通なら『どうして俺や母さんを放っといたんだ〜』って掴み掛かったりするもんじゃないのか?」
頭をガシガシ掻きながら心底困った顔をしたラグナは、ベンチにまた腰を降ろした。
「普通なら…そうなんだと思う。けど、そういうのが分からないんだ。親が、心のどこにも見つからないんだ………すまない」
分からないと言った直後、彼の顔はすごく傷ついた顔をした。その顔はあまり見たくない類のもので、申し訳なく感じて謝ってしまった。
「いや、いいんだ。謝らなくていい。はぁ〜…そうかぁ……時間かかるな、こりゃ」
「そうだな。かかると思う」
「そんなふうになっちまった原因って、きっと俺のせいでもあるよな〜」
「リハビリしているから大丈夫だ」
それだけは確信を持って言えた。
それだけは。
「へ?」
「リノアがいるから大丈夫だ」
「そっか…そうだよな。よかったな」
また笑顔に戻ったラグナが何を思ったのか、俺の頭をポンポンと撫でてきた。
本当は嫌だったが、話の流れ上、振り払うのは気が引けて仕方なくそのままにさせておくことにした。
「げ!レインとおんなじ髪してやがる!なんでだよ!」
「…俺に文句言うなよ」
「くそー!なんか、悔しいぞ!」
まったく、さっきまで息子なんて言ってたくせに変な奴だ。
「そうだ、あん時は『思い出が減る』なんて言って悪かった。何か…聞きたいことは無いか?」
神妙な声音になったラグナが尋ねてきたが、特に思い当たることは無く、そのままそう返事をすると明らかに落ち込んだ顔をした。
「そんな顔されても無いものは無いんだ」
「そんな気がした。だよなぁ…。よし、それなら」
再び立ち上がった彼はこっちへ向き直ると、手を差し出してきた。
「?」
「お互いを知るにはまず、友達から始めようじゃないか!な!」
どこをどうすればそういう発想になるのか…突拍子もない考えを思いつく男のことを娯楽と言っていた人が約1名いたが、ようやく納得がいった。
「こんな年の離れた友人を持つつもりは無いんだが…」
「そんなつれないこと言うなよぉ。俺と『妖精さん』の仲じゃないか。これでも結構、勇気振り絞ってるんだぜ」
ラグナの言うことは、きっと本当なんだろう。言葉の端々に必死さが見て取れたから。
もし今、この手を握らなかったら…きっともう、分かり合えることはなくなるだろう。それは…嫌かもしれない。
心がざわついて上手く考えがまとまらない。もういい、考えるのはやめだ。
「なら、次はピクルス抜きで頼む」
「へ?」
「ホットドック」
「お、おう。任せとけ」
手を握り返すと、言い出しっぺなのに目を丸くしたしたラグナが、みるみるうちに子供のような顔になった。
国のトップのくせに、感情が開けっぴろげ過ぎだ。
(そうか。笑い方が、リノアに似てるんだ)
なんだか、嫌だな…そう思った時、髪質が似ているだけで嫉妬していた相手を思い出して苦笑した。
どうやら、そういうところは似てしまったらしい。
「おお!」
(なんだよ)
「笑った顔の方が年相応で可愛いぜ!」
「余計なお世話だ」
調子づかせてしまったのかもしれなかったが、今日のところは見逃そう。今日はきっと、それでいいんだ。
「…そろそろお迎えだな」
「ああ」
「あの子は本当にいい子だな。俺が嫁さんにしたいくらいだ」
「残念だが、付け入る隙は1ミリもない」
「けっ、知ってるさ。おっと、悪い。これから会議なんだ。じゃな、今日はありがとよ」
ラグナはそう言うと、握った手を一瞬だけグッと強めてから離れた。そのまま振り返ることも無く、官邸へと足早に去っていった。
結んだ髪の揺れ具合が本人の性格そのもののように見えて、切ったら魅力半減だな、なんて思った。
さあ、俺も行かなければ。彼女が待ってる。リノアに会ったら何から話そうか。
ああ、ホットドックの話は止めておこう。きっとずるいって言われるから。
今日は、思ったよりもいい日かもしれない。
立ち上がると、ようやく自分というスタートラインに立った——それは間違いなさそうだった。